ハイデルベルク
『ハイデルベルクは、その教育機関で広く知られている。なかでも名声が高いのは、ルプレヒト・カール大学ハイデルベルクでである。この大学は1386年に創設された、現在のドイツ連邦共和国の中で最も古い大学である。』
文化と見所
『ハイデルベルクは、第二次世界大戦の空爆によって破壊されることなく、中世そのままのたたずまいを示すバロック様式の旧市街が遺されている数少ない大都市である。』
ハイデルベルク城
『みなさん、ドイツ語の「P」「b」の発音は、難しいのですよ。[p]と[b]. 唇を閉じたまま、息を勢いよく出すと出る音です。空気だけ「プッ」出すと、ドイツ 語の[p]、「ぶ」というつもりで息を吐くと、ドイツ語の[b]になります。
ここで大事なのは、 はっきりと「ぷ、ぷ」と言わないことです。
こちらは、おならのぷっですよ。あらぁ、わたくし、ちょっと、はしたなかったかしら。
ふふふふふ。』と、楽しいガイドさんであった。
ハイデルベルク城の大樽
フリードリヒ館
オットハインリヒ館
アルテ・ブリュッケ公式な名称は「カール=テオドール橋」である。
この橋は、ドイツで最も古い橋の一つである
アルテ・ブリュッケの門塔
アルテ・ブリュッケのサルの像
ツアーの仲間たち
孫と一緒だったり、夫婦であったり、友だち同士であったりと様々である。
4月1日から4月8日の旅行の参加条件をクリアーできた人たちである。
現役のサラリーマンなら、ひんしゅくものであるが。
海外旅行を楽しむ人は、どのような思いがあるのだろうか?
私たちの場合は、妻の子供の頃にさかのぼる。
「兼高かおる世界の旅」にあこがれて、将来は彼女のように世界を旅してみたいと小さい時からの、並々ならぬ思いがあったわけである。
そのことが、今ようやく実現しているのである。
『「兼高かおる世界の旅」は、世界各地の、いまだ日本人に馴染みのない国々をめぐって、その風俗、文化、歴史や、地理、物産などを紹介する初の本格的海外取材番組として1959年にスタート。
日曜の午前中は、この番組を見なければ1日がはじまらないとまで言われるほど視聴者に浸透していた。この番組で、兼高は、ナレーター、ディレクター兼プロデューサーを全て1人でこなした。
彼女自身の持つキャラクター、進行役・芥川隆行とのやりとりも絶妙で、個人名を冠した番組としては最も長い、31年もの長寿番組となった。訪れた国の数は150カ国あまり、地球を180周した計算になる。サルバドール・ダリやケネディ大統領などの著名人から極北の村人や砂漠の民とまで語り合い、気球でのアルプス越えやジャングル踏破などの冒険にも挑戦。
民間人の海外渡航が自由にできなかった時代、「世界をお茶の間に運ぶのが私の仕事」と言う言葉通り、女性の目で見、女性の手で世界に触れてきた貴重な旅の数々が、この番組にたっぷりとつまっている。』
フランクフルト空港
4月7日夕方に飛行機に乗り、羽田に4月8日の午後3時頃に帰国する。
飛行時間は約11時間である。
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