兵法 ナポレオン―命令戦法で勝ち訓令戦法に敗れた天才的指導者
大橋 武夫/マネジメント社
抜粋:
『ナポレオン以前の将軍は、ライン編成の軍を号令(受令者の任務のみを示す)で動かしていた。
しかしナポレオンは寡兵を優勢なる敵に勝つことを考え、軍隊をライン・スタッフ編成にし、参謀を駆使し、命令戦法(発令者の企図と受令者の任務を示す)を用い、「局所優勢主義による各個撃破作戦」という新戦法を開発して連戦連勝し、またたくまにヨーロッパを席巻してしまった。
ナポレオンの式は中央集権式で、武将の行動を強く統制した。
そのためにはつねに具体的で細部にわたる命令を与えることが必要であるが、電気通信のない当時では、これは乗馬によって伝達するほかはなかった。
ナポレオンは、馬術が得意で、自ら戦場を馳駆するほか、若い騎馬参謀を放って指揮していたのであるが、当然、彼の天才の威力は、彼とその参謀の乗馬が駆けていける範囲に限られるわけで、兵力が数十万に増え、戦場が百キロにも拡大するにおよんで、その不利が致命的なものになりつつあった。
先にいち早く「ライン・スタッフによる命令戦法」の時代が来ているのを看破した天才ナポレオンも、華々しい成功に眩惑されていて、いつの間にか部隊が大きくなり、戦場が拡大して、独立作戦の能力と権限を持つ戦略兵団組織法(ディビジョン。事業部)による訓令戦法(発令者の意図だけを示し、実行方法は受令者にまかす)の時代が来ているのに気づかなかったのである。』
リーダーが、人を動かす方法には、以下の3つの方法がある。
号令(受令者の任務のみを示す)
命令(発令者の企図と受令者の任務を示す)
訓令(発令者の意図だけを示し、実行方法は受令者にまかす)
私の勤めている会社の部署は、グループ会社でも一番末端の物流部門である。すなわち社員の大部分は作業員と云う職種である。
『社長→センター長→グループ長→チーム長→社員→パート→下請け』と云う組織となっている。
チーム長以下は、ほとんど上司の『号令』によってのみ動いているようだ。
極端な話、床にごみが落ちいても拾うものはいない。作業中に、ごみは出るものであり、ごみを拾って片づける意識は、皆無である。
時々、社員が一生懸命掃除をしている姿を見る。
そういう時は、決まって外部から大事なお客様が来るときである。
『お客様が倉庫内を見に来るので、きれいに掃除をせよ。』との『号令』がかかるからである。
センター長が朝礼で時々、『命令的な訓示』をする時がある。
しかし、その話の内容をほとんどの社員は聞き流している。
ある時に、物量が普段の3倍ぐらいあった。
「本日の物量はかなり多いので、スムーズに物が動くように、各部署においては連携をしっかり取って、仕事をしていただきたい。」と。
その日に、私の仕事が滞ってしまった。
私は、整備された商品を、エレベータを使って2階から3階に送る仕事をしている。
しかしながら、その日は1階から4階へ未整備の引き取り品をエレベーターを使って送っていた。荷物用だから、2,3階は素通りしてしまう。
待てど暮らせど、エレベーターが空かない。一緒に仕事をしている社員に、どうなっているのか尋ねても、わからないというだけだ。
仕方がないので彼の上司に言って貰ったところ、エレベーターを誰が使っているのかわからないし、勝手に使われてしまっているとの回答だった。
その上司は、3人いるグループ長のひとりである。
エレベーターの管理や調整は彼の仕事である。
朝礼でのセンター長の命令は、彼に向けての事であったはずだ。
3人しかいないグループ長のひとりが『号令』でしか動けないレベルの人間であることが分かった時には、いささかあきれてしまった。
話は変わって、
私の後輩が遊びに来たので、正月用の野菜をたくさん持たせてあげた。
昔から、彼は今度生まれてくることがあったら東大に入れるくらいの頭を持って生れたいと言っていた。
私は、それではあなたの良さが何もなくなってしまうのではないかと云ってやった。
東大に入れる頭とは日本に毎年3000人ぐらいいるだろうし、中国にはその十倍以上の人間がいるだろうから3万人だ。世界中にはいったいどのくらいの数がいるだろうか。
頭がいいだけで、人の役に立たない人間は、世の中には五万といるだろう。
私の後輩の良さは、誰よりも『命令』で動くことのできる素晴らしさがある。
彼の現在の上司は、まるでナポレオンのように頭が良く、ワンマンである。
彼は、いつもその上司に叱咤激励されている。
彼は、ほとほと疲れてしまって『私はほめられて伸びるタイプの人間なんです。』と愚痴る。
だから、いつも私は彼を誉める。
『あなたは、自分の頭が悪いことを自覚していて、聞く耳を持っている。だからあなたが仕えた上司は、みんなあなたが大好きである。』と。
現に、彼は同じ上司に4年も仕えている。そして、何事もなければ来年も同じ上司に仕えているはずだ。
ナポレオンにとって、『訓令』で動けるような部下は必要ない。
そんな部下がいたら、自分の地位をいつも心配しなければならない。