fc2ブログ

プロフィール

のじさん

Author:のじさん
200坪の菜園に100種類の野菜を育てる。畑の一画に秘密基地を作ってにわとりや金魚、メダカを育てている。冬には薪ストーブを燃やして暖を取り、コーヒーを飲む。都会に近い所で田舎風の暮らしを求めて、定年後の余暇時間を楽しんでいる。そんなライフスタイルの情報を発信していきます。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

今年1番の良き苗

綺麗な、きゅうりの苗がたくさん。
今年1番の良き苗だ。





今年の春さきに植えた場所だ。
肥料当たりで、駄目にしてしまったきゅうり畑だ。
途中で諦めてしまった所に、種きゅうりが出来たのだろう。

その種が、発芽して育った『おのればえ』の苗だ。
明日は、別の場所に移植してあげよう。











オクラの食べられる大きさは?

オクラを2,3日収穫するのを忘れてしまった。
普通の3倍の量の収穫になった。
果たして、どの大きさまで食べることができるか?






20㎝以上のオクラを、そのまま食べてみた。
すると、普通に食べられた。
一気にふわっと大きく育ったものは、柔らかいようだ。

青みの色が強いものは、さすがに筋が入って食べられない。









みかんが豊作

3本のみかんを作っている。
下の画像は、一番小さい木である。
昨年までは、余りならなかったが今年はたくさん生った。





半分ぐらい摘果した。
時どき、サイダーに入れて飲んだ。





下の画像は、一番大きなみかんの木である。
全体に生っているが、木の様子が少しおかしい。






どうやらすす病に罹っているようだ。
すす病に罹る原因は、カイガラムシやアブラムシが発生してカビ菌を運んでくるようだ。







先日、殺虫剤と殺菌剤の混合液で消毒した。
少し、すす病が消えていたが、もう一度殺菌剤を散布して見ようと思っている。











幹之めだかの可能性

昨日、記事にした鉄仮面から生まれた『金色と青の幹之めだか』の画像である。

2匹ともオスである。









気になってオークションで探してみた。
金色が多い個体である。





5匹ともアルビノの個体である。
目の色が赤いのがアルビノの特徴だ。









ほかのめだかを探していたら、黄金に輝くフルボディのめだかが出品されていた。
『黄金鉄仮面』である。

ネットで検索しても、この個体だけしか見つからなかった。
出品者が命名した『金剛龍』で検索した。

この画像は親で、その子の稚魚5匹を出品したようだ。
残念ながらその稚魚の画像は無い。

3人が入札している。





質問者から、稚魚の画像を見せて欲しいとリクエストがあった。
オークションでは、画像を追加できる機能が備わっているが、出品者は、やんわりと断っている。








同じ出品者が、今度は卵20個で出品している。
こちらも7名が入札している。

出品者の評価を見てみると、取引は15回しか無い。
これ程の黄金のめだかを持っている人にしては、取引の回数の少なさには驚きである。









使い勝手が良くなった

防虫育苗箱の前面の網戸を、上に乗せられるようにした。
少し使い勝手が良くなった。




ダンゴムシ防虫には、デナポン粒剤、青虫等には、オルトラン粒剤を、育苗トレーの回りに撒いた。




前面の網戸を閉めれば、かなり密閉状態となった。





基地前の防虫育苗箱(画像右)にも、網戸を上に乗せられるようにした。




 
こちらも密閉状態となった。
これで、夏から秋にかけての育苗の効率は、かなり改善出来た。









デカイ!!大丸冬瓜

自宅隣のフラワーロードの奥まった所にある、相棒のミニ菜園。
今年はスイカのような冬がんを作った。

1個頂いた。
スイカのような大きさだった。








種を採種しておいた。




今回2個目の頂き物で、一度食べている。
普通の冬がんと同じでとても美味しかった。






このシリーズの締めのことば

陸上競技を愛するメンバーが集まって、楽しい飲み会を行う。
自然発生的に出来た会ではない。
中学校で育てた教え子が、高校でも大切に育てられるように、中高一貫教育しようと考えた。
それが、佐俣先生を中心とする沼南高校の陸上部であった。
学区の交流のある中学校の陸上部の顧問たちに頼んで、選手を送ってもらった。
それに私が一役買ったのである。

たくさんの個性ある選手が集まった。
県大会、関東大会、そしてインターハイと活躍の場を広げて行った。
そして、たくさんの教え子が大学に進み、体育の教師に成ったものもいた。
時は流れ、
佐俣先生が転勤して、沼南高校はもとの高校に戻って行った。
今では、陸上部は見る影もない部活となってしまった。

当時の先生たちも、年齢と共に部活指導が出来なくなってしまっていた。
管理職になった段階で、部活動顧問にはなれなくなってしまう。

校長や教頭がたくさんある部活動の中で、陸上部だけに力を入れることは、おかしなことになってしまう。

そこで、自分の教え子や同じ学校で熱心な若い指導者を誘って、励まして行こうという会を発足した。

若い時と云うのは、教え子が素晴らしい成績を出したりすると、有頂天になってしまう。自分の教え方がうまくて選手が育ったような錯覚を起こしてしまう。

私のように、20代の時に、何人もの教え子を全国大会に出場させたり、日本一の選手を育てたりすると、なんか自分には特別の才能があるのではないかと思ったりしてしまう。

それだけではない。
親が喜んで、ちやほやしてくれたりする。
子どもが新聞社から取材を受けて、大きな記事になったりして、ますます有名になったりする。
すると段々と態度がでかくなり、先輩を先輩とも思わなくなったりして、言動も乱暴になったりしてしまう。

そうすると、世間は段々と苛立ってくるようになる。
目障りだと思う人も出てきてしまう。
陰で悪口を言ったり、粗を拾うものも出てくる。

『好事魔多し』と云う言葉がある。
良いこと続きで有頂天になっていると、密かに魔が近づいてきている。
そして、思ってもみなかったようことで、足元をすくわれることがある。

最近、よく世間を騒がしている問題が起こっている。
日大のラグビー部の問題やチア部の問題も似ている。何様になったしまったか、乱暴な言動を叩かれている。
運動部で一番問題になるのは、体罰と云うパワハラ行為である。
私も御多分に漏れず、何度も世間から叩かれた経験がある。

チア部の女子監督が解任になった時に、教え子が体罰なんかじゃないと否定したことが、記事になった。
教え子にとっては、強い愛情の指導だと受け止めているようだ。
その事は、事実であろう。

しかし、世間というものは、それを許さない。
そして、その事も、また正しいと思う。

私がたった一人だけ、尊敬し、その人の云うことを聞いた人がいた。
それが、私の先輩でもあった松本先生である。
私が20代の時に出会った彼は、県の陸上専門部をたった一人で切り盛りしていた。県の通信大会のプログラムも奥さんに協力してもらって、作成していた。
陸上競技だけでなく、学級担任としても私の数倍も情熱を持って、教育活動をしていた。全く何を比べても私の数倍も優れた先輩だった。

その先輩が、悪評高い私を一番評価し、可愛がってくれていた。
その時から私の陸上人生が始まった。

優秀な後輩をバックアップしようと。

私たちの会が、優秀な指導者に声をかけて仲間に引き込んでいるのは、彼らを育てているわけではない。
そんな大それた考えはない。

彼らは放って置いても、一人で伸びていくだろう。
しかし、どんなに優秀な指導者でも、人というものは必ず有頂天になる時がある。

先日バドミントンで世界大会で優勝した選手も、絶頂期の時に考えられないような不祥事を起こして、一時期一線から追放されていた。
自他ともに認める天才的な選手だったに違いない。
『好事魔多し』である。

私が今元気でいられるのは、尊敬する先輩のお陰ではない。

優秀な後輩たちのお陰である。

私が大事にしてきた後輩たちは、大きな失敗をすることなく順調に個性を伸ばして行っている。
管理職の才能のある者は、校長、教頭になって行き、行政職の重役にもなっている。
彼らにとっては、私はある意味、価値ある『反面教師』かも知れない。

私のように、自由気ままに生きれば、大変な災いに見舞われてしまうことを、見てきているからである。
私にとっては、それらの災いはまったく気にしていない。
身から出た錆であると受け止めている。
人生を謳歌できるガス抜きであり、災い転じて福となるがごとくである。

後輩を大事にするということは、自分を大事にすることと同じである。
そして、それが先に生まれたものの仕事であると思っている。





















ダイコンを蒔いた。

ダイコンを播種した。
3品種である。
今年自家採種したタクワンダイコン、煮ダイコンの大蔵大根、そして、青首ダイコンである。
来年も採種する予定。




タクワンダイコンは2列、40本~50本予定。
他は1列ずつ20本~30本予定。






鉄仮面の仔の変化

鉄仮面の仔のオスメスを選別していたら、変わった色のメダカがいた。
金色の頭で半分から後ろはマリンブルーのようなツートンカラーのメダカである。
2匹ともオスであった。
まだ、鉄仮面にはなっていない。










成長段階だけの色なのか、固定するのか。










部活だけでなく学校のラインとなれ

千葉県の中学校の陸上専門部は、舟橋委員長を中心に運営されている。

彼が委員長になったのは、私が専門部で副委員長の時に、当時の専門部の役員全員が若返りを図った時に、彼が委員長に推薦された時からである。

当時の委員長は、私の一つ後輩の松本委員長だった。
本当は、私が委員長を推薦されたのだが、小さな学校に勤務していたので、学校に迷惑がかかると思い、後輩の彼を推薦した。その代り、副委員長として彼を支える約束をしたのである。

その昔、彼の兄が県の委員長をしていた時に、私がボランティアで強化部を作って自主的に全県規模でトレーニングを公開した。先生や生徒が150名ぐらい勤務校の湖北中学校に集まった。私が31歳の時だった。
当時、県通信大会で4連覇中であった。
その中に、現県会議員の阿部俊昭先生も、私の公開練習会に来ていたそうであった。

次の委員長には、流山の松本先生がなり、私は副委員長になった。強化部長も兼ねていた。

現在の県の組織の基礎が出来たのは、私の後輩の松本委員長の時である。
全県を一つにまとめるために、強化合宿を開催したり、地方からの要請があれば強化部の何人かで泊りがけで、技術指導に出かけて行ったりした。

私が副委員長を辞めたのが38歳ぐらいの時だから、舟橋委員長は27,8年やっていることになる。

もし管理職にならないのなら、ずっと定年退職するまで委員長を務めることもできると、彼に言ったことがある。委員長は、自分が辞めない限りはずっと続けることができる役職である。校長になるよりも、県で一人の委員長は価値があると言ったことがあった。
さて彼は、委員長として千葉県の役に立っているのか。



学校には、校長を中心とした色々な役職が存在する。
一般に、学校の要となるラインとなるのは、校長、教頭、教務主任、学年主任である。
いい学校は、このラインが一枚岩となっている。
その他の役職に、主幹教諭とか、生徒指導主任、研究主任などがあるが、ラインから外れていることが多々ある。

若い教員は、このラインをしっかり理解することが大事である。
自分がどの位置にいるかを、認識することが大事だ。

自分が平担任であるなら、常に学年主任の立場に立って、物事を考える習慣をつけることが大事だ。学校によっては副主任などと役職を作るところもある。
何の権限も無いが、将来は学校のラインとしての学年主任候補とも考えられる。

自分が学年主任であるなら、常に教務主任の立場に立つことだ。

教務主任は、管理職ではないが、校長の学校経営の要となる重要な役職である。
各学年の3人の学年主任を束ねて、経営目標の具現化を図っていく仕事である。
私は10年以上も教務主任をやったことがある。4人の校長に仕えたが、私は校長にはなれなかった。


部活動指導は、教員としての基本が出来ていて、初めて評価されるものである。
学校の仕事はそっちのけで、部活指導ばかりやっている指導者も見かけるが、何か勘違いしているようだ。


また、自分の学校の生徒が育っていないのに、県の強化部の仕事を一生懸命やっている指導者がいたりする。
これも本末転倒である。

私は、自分の学校の生徒が県で常勝できるほどの力がついてきたので、全県の指導者のために自主的に練習を公開した。もう一つは、私の先輩でもある当時の松本先生が、私の良さを最大限に評価してくれた恩に報いたのである。

当時の東葛地域の陸上顧問の先輩たちは、私の頭を打ったり、足を引っ張ったりする者ばかりであった。だから、その者達をコテンパにやっつけてやったのである。

私の後輩の松本委員長は、私を唯一大事にしてくれた先輩の弟だった。
兄に可愛がっていただいた恩に報いるために、弟を委員長にして、その縁の下の力持ちになったわけである。










| ホーム |


前のページ «  ホーム  » 次のページ