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のじさん

Author:のじさん
200坪の菜園に100種類の野菜を育てる。畑の一画に秘密基地を作ってにわとりや金魚、メダカを育てている。冬には薪ストーブを燃やして暖を取り、コーヒーを飲む。都会に近い所で田舎風の暮らしを求めて、定年後の余暇時間を楽しんでいる。そんなライフスタイルの情報を発信していきます。

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メダカの産卵ラッシュ

メダカが卵を産んだ。
たくさん産んだ。

シュロを筒状にした



筒の中で産卵するが、外にも卵が着く。


メダカの親は100匹ぐらいいるので、卵の数がすごい。
シュロの採卵巣は10本ぐらい用意しているので、一つの巣に200個ぐらいの卵を産み付けるだろう。
2000匹のメダカの稚魚が誕生する勘定である。

採卵するメダカの種類は4種類。
各種類とも同じぐらいの数を目指しているので、1万匹近くのメダカの稚魚を育てこととなるだろう。


採卵するメダカの種類
①幹之だるまメダカ



②楊貴妃だるまメダカ



③三色錦透明鱗めだか



④紅白透明鱗メダカ



さて、今年はどんなメダカが誕生するのだろうか。
とても楽しみである。

スーツ姿で農業をこなす若者

 


『山形で農家16代目としてスーツ農業始めます!超未熟者ですが1日も早く自立した農家を目指し、自分なりの新しい農業の形を発信していきます!さらに我が家に代々伝わる『蕪の焼印』をヒントに、齋藤家ブランドの家福来米『かぶらまい』の生産実現を目指します!宜しくお願いします!
 

2013年3月に神戸から山形に帰省し、16代目として農業を開始しました。
私は代々引き継がれてきた齋藤家の農業が大好きです。
しかし、古き良き所は残しつつ、これからは自分がオモシロイと思う事の出来る自分なりの農業のカタチを発信していきたい!
そんな想いから現在『スーツを着て農作業』に奮闘中です!
まだまだ経験不足なことも多々ありますが、沢山の方に農業に興味を持って頂けるよう、そして地域農業、日本の農業を盛り上げていくことの出来るような『新しくて強い農家』を目指して日々精進して参ります!』
 




第3部・スタート(6) 親元に就農、コメ作り
                 20140524
 
『  川西町上小松の斎藤聖人(きよと)さん(25)は朝、スーツに着替え、家を出た。金髪にシャツは紫色のストライプ、首元にはちょうネクタイ。向かうのは会社ではない。家の近くの田んぼだ。足元は革靴の代わりに長靴。田植えの開始予定日は2日後に迫っていた。「全部終わるかな」。トラクターに乗り込み、仕上げの代かきに取り掛かった。
 


■Uターン決意
  聖人さんは就農2年目の新人農家。斎藤家は300年以上続く農家だが、もともと農業を継ぐ気はなかった。仙台市の専門学校で建築デザインを学び卒業後、東京や関西の会社で働いた。始発で出勤し、終電で帰る毎日に「何のために働いているのか分からなくなった」。当時交際していた妻の美友生さん(26)=長井市出身=と相談し、Uターン就農を決意した。
 
  会社勤めをしながら農業を続けてきた父の善一さん(60)は、聖人さんや兄、弟に「農家は継がなくてもいい。好きなことをしろ」と言い続けてきた。米価は下がり、農業を取り巻く環境は厳しい。聖人さんが就農すると聞いた時は「うれしい気持ちと期待が半分、そして不安が半分だった」。

 
 
 スーツに金髪姿は田園風景でひときわ目立つ。農作業をしていると、水田の脇に車を止めて、眺めていく人もいる。ただ、目立つことが目的ではない。「自分をきっかけにして、若い人たちに農業は面白いと思ってもらいたい。何よりも農業に関心を持ってもらいたかった」と語る。』
 


はい!!!齋藤聖人&美友生、入籍しましたー!!
超個人的な内容ですが、大事な事なので一番にこのブログでご報告したいと思い、書かせて頂いております!



これでようやく夫婦となったのですが…正直まだまっっっっったく実感がありません!笑
それもそのはず!
実は僕達は付き合って9年目になります。
もう既に家族のような存在になっているのです!笑』
 

『農業は色んなカタチがあって、色んな楽しみ方がある。
アナタにも楽しめる農業のカタチがきっとある。
決して土や草木に触れるコトだけが農業じゃない。
そう考えると、あなたのそばにも農業があるんだと思います。




それでは皆さん、素敵な週末をお過ごしあれ☆』






何気なくTVを見ていたら、山形県にスーツ姿で農業を行っている27歳の若者がいると言うニュースを見た。

ウソだろう?

ふざけているのではない。
まじめに農業をやっているのである。

年収は200万円にも満たない。
でも始めたばかりなので、そんなことは大した問題ではない。



私も最近、こんなハットをかぶって農作業している。
最近風が嫌いになってきたのが理由。
髪の毛がね。



農業を楽しくやろうと言う気持ちはよく伝わってくる。
ネクタイを締めるのは暑苦しいだろうが、慣れれば大丈夫かもしれない。

とにかく面白いと思うよ。







昇太「笑点」新司会起用理由とは?

昇太「笑点」新司会起用理由は“消去法”も奮起「気が楽に 伸び伸びと」
2016522 2012分 スポニチアネックス  
 

『 落語家の桂歌丸(79)が22日、日本テレビの演芸番組「笑点」(日曜後5・30)に最後の出演をし、司会を勇退。後任の6代目司会は春風亭昇太(56)に決まった。この日の生放送「歌丸ラスト大喜利スペシャル」で発表された。
 
 起用理由について、番組後の会見で中村博行プロデューサーは「番組が100年続くように、1回、制作者のみんなでフラットに相談しました」といい「大喜利はチームワーク」と外部招聘は最初の時点でなくなった。
 
 回答者の中から選ぶことになり、それぞれのキャラクターがある中で「考えていったら、1人いたなと。若手大喜利の司会もやっていましたし、いいんじゃないかなと」と“消去法”で残ったのが昇太だったと明かし「昇太師匠が司会になれば、また強い違う形ではあるが、歌丸師匠がいらっしゃったころと同じ強いチームになるなということを決めさせていただきました」と説明した。
 
 今年2月、歌丸に報告。「すごくいいアイデア」と後押しされ、昇太に正式オファー。戸惑いながらも承諾された。
 
 この日“消去法”だったと聞かされた昇太は「さっきまでどうしようとか悩んでいたんですが、消去法で選ばれたと聞いて気が楽になりました。伸び伸びとやりたいと思います」とホッとした様子で「歌丸師匠から大変にいいアドバイスをいただきましたので、先輩を先輩を思わず、上から目線だと怒られるので、平行線くらいで一緒にやっていければと思います」と意気込んだ。』



焦点の司会者は、誰になるのだろうかさっぱり想像できなかった。
歌丸師匠から後任の司会者が発表された時でも、理由がわからなかった。
会場からも「エェ~!!」と言うような驚きの喚声が上がった。

合議制の話し合い。
外部からではなく回答者の中から。
そして、消去法で。

昇太さんは56歳と若く、「独身者で結婚できない」といじられることはあっても、無色透明な個性がする。
その他のメンバーは、個性がはっきりし過ぎていて司会者としては現代向きではない感じがする。

過去の司会者は、みんな個性的で笑点のイメージを決めていた。

過去の司会者

初代 立川談志 1966年5月15日 - 1969年11月2日



2代目 前田武彦 1969年11月9日 - 1970年12月13日









3代目 三波伸介 1970年12月20日 - 1982年12月26日


4代目 5代目三遊亭圓楽 1983年1月9日 - 2006年5月14日




5代目 桂歌丸 2006年5月21日 -2016年5月15日


最新型の現代戦闘機 敵はソフトウェア?

               2016521 1125分 乗りものニュース  
 
 
航空自衛隊も導入する予定のF-35A 
ロッキードマーチンF-35ライトニングII

 
『現代の戦闘機に搭乗するパイロットもソフトウェアによって、わずらわしい雑務を行う必要がなくなりました。そしてパイロットは“人間にしかできない判断”に専念することで、搭乗する戦闘機の戦闘能力をより高く引き出すことができます。
 
 F-35は、既存の戦闘機よりもはるかに高度な、センサーなどの電子機器を搭載しています。そのぶんソフトウェアは極めて複雑で高度な処理をしており、「ブロック3i」のプログラムソースコードは800万行にも達しています。
 


 この「ブロック3i」は、F-35の試作機に搭載され、飛行テストが行われていましたが、特に動作の安定性において大きな問題を抱えており、センサーシステムやレーダーを4時間に1回シャットダウンしなければなりませんでした。パソコンがフリーズしたならばその場で再起動すればすみますが、作戦中に戦闘機のミッションシステムがフリーズしてしまえば命にかかわるため、安定性の確保は極めて深刻な課題です。
 
現代戦闘機の根本的な問題
 
20165月現在、「ブロック3i」は大幅に改善され、当初の3倍という安定性を確保することに成功したと、アメリカ国防総省のF-35統合プログラムオフィスは伝えます。一般的な戦闘機の任務はどんなに空中給油を重ねても、通常は8時間から10時間程度が限度なので、12時間に1度の再起動ならば許容範囲とみなすことができます。
 
 ミッションシステムのソフトウェアは現代の戦闘機にとって「キモ」ともいえる最も重要な部分であり、同時に最も開発が困難な要素です。
 


「ミッションシステムの開発によるスケジュールの遅延」は、現代の戦闘機が抱える根本的な問題といえるでしょう。そして戦闘機が退役するまで半永久的に、ソフトウェアの改善は行われ続けます。』



『たとえば、現代の炊飯器は人間が熟練の業でいちいち火加減を調整しなくとも、ソフトウェアが全自動でふっくらご飯を炊きあげてくれるため、そのあいだに我々はおかずの準備などができますが、これと同様に、現代の戦闘機に搭乗するパイロットもソフトウェアによって、わずらわしい雑務を行う必要がなくなりました。』






最新型炊飯器、全自動洗濯機べんりなもの。
でも基盤が壊れたら、只の粗大ごみ。

でも最新型の戦闘機 壊れたら恐怖の破壊兵器。










 

らんちゅうの友達のもう一つの趣味とは?

らんちゅう同好会の会員である松本氏の作品
『こんにちは。先日は、ありがとうございました。バードカービング(カワセミ)完成したので画像送ります!』


 
バードカービングとは?
『 バード(bird)=鳥、カービング(carving)=彫刻、即ちバードカービングとは鳥の彫刻のことです。
  バードカービングのルーツは、ガンやカモを捕獲する時、オトリとして鳥に似た物を置きました。鳥は自分たちの仲間が居るので、安全だと思い安心して集まってきたところを捕獲したと云われています。このオトリを「デコイ」と呼び、各地でさまざまな物が見られます。

 
 「デコイ」(Decoy)とは「ダック・ケージ」(Duch-cage)というカモ鳥篭を意味する言葉、またはオランダ語のEende-kooi (鳥のおり、篭などの意味)に由来すると言われています。これは水鳥を捕獲する為の大掛かりな罠で、後に、コイダック(coy-duch)という訓練され、飼い馴らされたカモを使って、獲物を網に追い込むという方法が、17世紀頃行われていたようです。
  アメリカでは土着のアメリカ人達は、17世紀の初期にすでに「デコイ」を使って狩猟が行われていたようですが、17世紀中頃になると木製のデコイを使用しています。
  この「デコイ」は初期の頃、材料はアシ、ガマなどの植物の茎を束ねて作った物など、遠くから見ると何となく鳥のシルエットに見えるというくらい素朴な物でした。 時を経て、ハンターのガイド達が装飾品として木彫りで作るようになり、現在のような形になったとされます。
  「バードカービング」と云う言葉は「バードウオッチング」に比べまだまだ馴染みが薄いかもしれません。この言葉が日本に本格的に入ってきたのは今から34年前の1977年、日本鳥類保護連盟の方がアメリカの大会に参加して、初めてバードカービングを見て、愛鳥教育の普及につながらないかと考えて、撮影した写真を持ち帰り、その仲間の間で製作が始まりました。
  最近では「バードカービング」は装飾品だけではなく、剥製を飾らない運動としても進んでおり、博物館などでも剥製の代わりに「バードカービング」を展示するところが増えています。



  又単に技術的に実物の野鳥に似せ写実的に作るだけでなく、自由な発想により芸術的なものを追求する作品も出てきました。
  現在では世界的規模のコンテストも毎年アメリカで開催され、日本でも「日本バードカービング協会」を中心に各地で普及の為の教室や展示会が開かれています。』
ちょっと不謹慎だと思うが、値踏みをしたりして。
ウェブで調べてみた。
専門店の値段
[A-147] カワセミ 価格:\12,960 [A-60]カワセミ♀ 価格:\17,280
素材:朴の木               素材:朴の木
サイズ:実物大              サイズ:実物大

      
専門店には申し訳ないが、一見して売り物と言う感じがする。
つまり、大量生産の感じがしないでもない。

上記の松本氏のカワセミは、生きているような感じを受ける。
丁寧に時間をかけて、作品に仕上げたようだ。
なによりも目が生きている。
美しさと可愛らしさがにじみ出ている作品だ。




































小さな小さな家庭菜園で楽しむ人たち

私の住む家の周りの人たちのミニ菜園

ニラとインゲン畑

砂利の混ざった土であり、環境はよくない。
しかしながら、野菜はしっかりと育つ。


ジャガイモ畑

ほとんど砂利畑である。
しかしながら立派にジャガイモが育っている。


段々畑

まわりの環境はアスファルトである。
土地も急な斜面である。


ネギは種から育てている。



畑づくりの経験から、良い野菜を作るためには、土地と太陽と肥料である。
その中でも、太陽からのエネルギーが一番のポイントである。
土地は砂利交じりの悪条件であっても、水を与え、適度な肥料を施せば野菜は育つ。

昔、学校の駐車場で砂利が敷いてある土地に、山から集めてきた落ち葉や雑草で固めたところにジャガイモ種を植えた。
土は全体の一割ほどであった。
一日中日が当たる土地であった。
結果は立派なジャガイモがゴロゴロと収穫できた。

その話をいつもしているので、だんだんと畑づくりに興味を持ち、実際に作ってみるとそれなりの野菜ができて驚きと感動を体験できたようだ。

花を育てるのも楽しいが、野菜作りは食べる楽しみもある。




退職後の働き方いろいろ

              PHPOnline 衆知 519()1230分配信

 
『退職後に月に35万円でも自分の自由になるお金を確保するために、なにか仕事ができたら一番いい。実際に、多くの高齢者が「体が動くうちは働きたい」と考えている。政府が発表している「高齢社会白書」によれば、団塊世代に「何歳まで働きたいか?」という質問をぶつけたところ、「働けるうちはいつまでも」が最多の25.1パーセントを占めた。4人に1人は働きたいと思っている。私自身も『男は死ぬまで働きなさい』(廣済堂文庫)という本を出したくらいだ。
 
  一方で「働きたいとは思わない」という回答も20.6パーセントあったが、これはまだ、ヒマな生活に飽き飽きしていないから言えることではないかと思う。実際に「毎日が日曜日」になってみると、アルバイトの1つもしてみたくなるものだ。
 
  こうした需要に対し、「高齢者に仕事を提供したい」という市場もある。にもかかわらず、多くの高齢者が「働きたいが仕事がない」と不満を抱いている。需要と供給のミスマッチが起きているのだ。
 
  定年退職後の仕事については発想転換が必要だが、なかなかそれができない。たいていの人が「これまでの経験を生かしたい」と考える。だから、自分がやってきた仕事の延長線上で「なにかないか」と探している。しかし、営業や経理などの職種は求人数に対する求職者が多く、倍率も10倍近くと高い。
 
  一方で、清掃などでは比較的職が得やすくなっている。ところが「長年、有名企業で働いてきた俺がなんでビルの掃除をしなきゃならないんだ」という意識から敬遠するケースが多いのだ。現役時代のプライドが許さないのだろう。
 
  私は、定年退職後の仕事は過去のプライドを捨ててまったく新しい分野に求めたほうがいいと思っている。
 
  知人の男性が、65歳で定年を迎えた。建築資材メーカーで営業部長まで務めたが、役員には残れなかった。まだ働きたかった男性は、社内の制度を利用して再雇用してもらった。しかし、給料はそれまでの3割ほどに激減した。
 
  なによりもつらいのは、かつて部下だった人間の下で働かされることだった。一応「さん」付けで呼んでくれたが、重要な仕事は1つも回してくれない。会議にも出席を許されない。いかにも「お荷物」という扱いをされたという。現役時代とまったく違ったのだ。
 
  企業はシビアだ。なんと言ったって現役が偉いのだ。昨日までの肩書きは、今日にはまったく意味を持たない。それが現実なのだ。
 
  長く働いてきた会社で、人生の最後にそんな屈辱的な思いをする必要はない。それくらいならまったく違った会社で、思い切って環境を変えてビルの掃除もいいではないか。体を動かすだけ健康にもいいだろう。
 
  以前は、高速道路の料金徴収は、退職した高齢者の仕事だった。しかし、ETCの導入でそうした仕事も減ってしまった。
 
  また工事現場の交通整理やマンションの管理人もいい仕事だが、空きはなかなか見つからない。さらにコンビニなどのアルバイトも、多くが外国人労働者などに取られてしまっている。
 
  だから、定年後に働くにはこれまでの常識とは違うところで仕事を見つけなければならない。
 
  厚生労働省が公表している「一般職業紹介状況」によれば、60歳以上の有効求人倍率は、ここ数年で大幅に改善している。仕事が「ない」わけではないのだ。事務的なきれいな職種に希望者が殺到しているだけである。泥まみれの清掃の仕事などを敬遠するのだ。
 
  あなたは、なんのために「まだ働こう」と思っているのだろうか。残りの人生を楽しむためのお金を得るためではないのか。あるいは、「家に閉じこもっているよりは働いていたほうが健康にいい」というのもあるだろう。
 
  少なくとも、「部長という肩書きを得て、ちやほやされたい」などというバカげた理由ではないはずだ。
 
  作家の五木寛之さんは、「日刊ゲンダイ」の連載の中で、老人が「老害」として嫌がられる世の中を「嫌老社会」と呼んだ。そして、そういう風潮に対抗していくためには「賢老社会」を目指すべきだと述べている。
 
  長く生きてきた老人たちは本来、若者より賢いはずなのだから、その経験を生かして働き、社会に貢献することで尊敬される存在になるべきだと五木さんは提案している。
 
  私も理想論としては異存はないが、大事なところを読み間違えないでほしいとも思う。
 
 「これまでの経験を生かす」に固執すれば、現実的に仕事は見つからない。理想と現実とは違うのだ。
 
  もし見つかったとしても、そこで得られる収入は、かつてのものとは次元が違う。フルタイムで働いても月に20万円にも満たないケースがほとんどだ。だから、これまでの延長線上に考えていたらダメなのである。
 
  私は、「経験」とは同じことを積み重ねることではないと思っている。肩の力を抜いて新しいことをやってみたり、若い人たちに教えを請うことができるのも、人生経験があればこそではないだろうか。』




私が勤めている会社にも定年退職した人が年金を貰いながら、パートとして働いている。
部長職を経験した人もいるし、1部上場会社で課長職だった人もいる。
万年平社員だった人だっている。
現役時代の年収の最高額が1300万円だったと言うパートもいる。

そして、パートの職種は基本的には、社員の支援・補助の仕事である。
内容は、整備や組み立てだったり、リペア部門だったり、私のようなフォーク作業をしたりする者もいる。
重労働ではないが、同じような作業を続けたり、物を運んだりするので結構な運動量である。

現役時代に何十人ものパートを使って仕事をしていた人もいる。

厚生年金をしっかりともらいながらフルパートで働いたり、5,5時間のショートで働いたりしている。

働く目的は、人それぞれだろうが上記の記事に当てはまっている感じがする。

私の働いている会社のパートの時給は安い。
一番安い人で850円の人もいる。高い人でも950円が上限である。
私は930円となっている。
時給は安いが、福利厚生はきちんとしている。厚生年金も入っているし、社会保険も完備している。
夏と冬には、ボーナスのようなものが0,5パーセントぐらい出る。

時給が安くてもやめないで働いているのは、お金を稼ぐ目的だけではないと言うことを物語っている。

3年ぐらい前には、72歳までパートで働いていた人がいた。
住友グループの会社で部長職まで勤めた人であった。
彼が退職した時に、奥さんがパートで働きだしたので、冷やかし半分に会社に手伝いに来ていた時にセンター長から声をかけられたそうだ。
そのセンター長がのちに初代の社長になった時に、ブレーンのような存在でいつまでも働かされたようだ。
どういうわけかその彼が、私を気に入ったようで社長に契約社員にと進言したようだった。
結果としては、リーマンショックがあった時で、その話は流れてしまったが、時給を800円から950円に上げてもらえた。
その後リーマンショックで売り上げが落ちたので、パートの賃金が20円ぐらい下げられた。

社長は自衛隊で二等陸佐までやった優秀な人格者であった。
55歳が定年なので、会社に雇われた最初の一年は作業員として働いたわけだ。
その社長にも、まだ若いのだから働けと言われた。
当時は55歳であった。
あれから8年もパートで働いている。

出世しなくとも良いパートは、ストレスが無い。
有給は取りたい時にとれ、子どものような若い社員と一緒に仕事がやれて、わからないことは教えてもらえる。
なによりも今の若者は、私のような老人には優しい。

有給をうまくとれば、1か月に3連休を二回とれる。
5月と8月のお盆と正月には、2日有給をとれば9連休となる。















らんちゅう2回目の選別

らんちゅうの第一弾の第二回目の選別をした。

この段階での選別の基準は、尾が四つ尾であるか、背が曲がってないか、尾がねじれてないか等の判断をする。



第一弾は親オスの調子が悪く、受精率が悪かった。
孵化した時は300匹ぐらいだった。
第1回目の選別で100匹を残し、今回その半分の50匹を残した。
通常の10分の1ぐらいの数であるが、種魚に使えそうな感じがするので、親の素質は良いのかもしれない。




種親の出身はメスが静岡の導入魚で、オスは尾島系と三重のハーフである。
オスの特徴は、フンタンがよく発達していて背なりが平らである。
メスは頭の後ろのでっぱりが無く平らである。


・・・・

今年一番の自慢の野菜

野菜作りは、上手く行くより失敗が多い。
今年のタマネギとにんにくは、大失敗であった。
どちらも今年の3月までは、すこぶる順調であった。
というよりは、順調に見えたのかもしれない。
4月になって、タマネギは軟腐病に罹り、にんにくはさび病になってしまった。
現在の姿は、泣きたいくらいの悲惨な状態である。

しかしながら、最初も中間も収穫時も変わらず順調に成長するものもある。

ジャガイモの現在の画像である。


あと一か月で収穫できるだろう。
間違いなく、大きなジャガイモがごろごろとたくさん収穫できるはずである。

3列作付けしてあるが、畝幅をいつもの年よりも広くとった。
ジャガイモを初めて作る畑であるため、連作障害はない。
手前の北側には杉林があるが、前方の南側には農家の畑が広がる。
プロの畑と同格の土地である。
昨年から無料で借りている土地である。

私の腕がいいわけではない。
土地と日照が抜群である。
誰がやっても、同じ結果が出る。
畑がいいのである。



次の画像は、私の今年の自慢のにんじんである。
何が自慢かと言うと、「種まきの技術」である。
つまり一袋54円の100均のにんじんの種を蒔いたのである。
たった一袋の100均の種で、ここまで上手に種を蒔いて発芽させることのできる人は、果たして何人いるだろうか。
「種まき名人」と言われても、私は否定しない。

間引きは、1度だけやった。
にんじんの値段は、安い時で1本20円ぐらいである。
と言うことは、3本ぐらい収穫できれば、種代の元は取れる。

さて、いったい何本収穫できるだろうか。





まさか、またゴルフに興味が出るとは思わなかった。

人生を楽しくするための工夫

リフレッシュハウスのある畑の隣の林の中に、ゴルフ練習場を作った。



私と一緒に家庭菜園をやっている後輩が、最近ゴルフにはまっている。
57歳から始めたゴルフである。
まだ始めて半年ぐらい。
パースリーのショートコースのゴルフ場に3回ほど行った。
まだまだ私のほうがうまい。

しかし、先日彼は早朝の5時ごろスタートする2ランドのゴルフに参加した。
その2ランド目のスコアーがなんと109であった。
普通はゴルフを始めて3年目ぐらいに出せるスコアーである。

彼はマラソン男である。
普通の57歳の体力とはわけが違う。
ショートコースに行った時も早朝に20㎞ぐらいのマラソンを準備運動代わりにやっていたぐらいだ。
先日の日曜日にもハーフマラソンの大会に出場していた。
川内選手や今井選手も参加した大会だったそうだ。


杉林の広さは100坪ぐらいある。
土地は私のものでは無い。
知り合いの土地である。



10年以上も前に、ゴルフは止めていた。
それでも少しやればダブルボギーペースでは回れるはずだ。
スコアーにして108である。
と言うことは、後輩に抜かれてしまうのは時間の問題である。



ピッチングを使っての寄せの練習コースを作った。
20ヤードぐらいの距離からの練習だ。



ドライバーはまっすく飛ばすことができる。
得意は4番ウッドである。
しかしながらピッチが使えない。
パターも下手である。


ちょうど倒れた大木が邪魔になって、バンカーショットをイメージした練習が出来そうである。



もう一人の後輩が、ゴルフを始めた。
学生時代は棒高跳びの選手だった体育の教師だ。
センスは良いが、技術的にはまったくの初心者だ。
おまけにデブで体力が無い。
この男にだけは負けたくないのもだ。


ここの場所の遊び方は、休日の家庭菜園の作業に飽きてきたときに、体ほぐしを兼ねて、ネットに向かってウッドの練習。
その次は、20ヤードからのピッチングを使っての寄せの練習だ。
これは疲れないのでしっかりと目標を立ててやる。

休日の遊びの種類がまた一つ増えた。







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