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Author:のじさん
200坪の菜園に100種類の野菜を育てる。畑の一画に秘密基地を作ってにわとりや金魚、メダカを育てている。冬には薪ストーブを燃やして暖を取り、コーヒーを飲む。都会に近い所で田舎風の暮らしを求めて、定年後の余暇時間を楽しんでいる。そんなライフスタイルの情報を発信していきます。

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長距離好きのためのLSDトレーニング法

 
「LSD」とは?
 
『  LSD(Long Slow Distance)とは、文字通りに長い距離をゆっくり走るトレーニングのことです。この説明からすると、LSDは長距離走の基本として誰もが取り入れているトレーニングだろうと思われます。一般的には、走る量を距離ではなく時間で決め、長い距離をゆっくり走ることで基礎となるスタミナを養成することが目的と言われています。
 
  しかし、ランニング上級者の間では「LSD不要論」もあるようです。「LSDではスピードがつかないからやるだけ無駄」「もっと他のトレーニングをしたほうが効果は上がる」「ジョッグは速く走るほうが効果が高い」といった具合にLSDに対して否定的な意見もしばしば出ます。一方で、LSDを実施することで1988年ソウルオリンピックのマラソンに出場した浅井えり子選手のような例も存在します。
 
  そもそもLSDとは何なのか。そして、本当に効果があるのか。一つずつ解き明かしていきましょう。
 
 
LSDから練習の流れを作る
 
 まずはLSDとはどのようなものか、ということから説明します。言葉の意味をなぞれば「ゆっくり長く走る」という意味ですが、これでは通常のジョギングとの違いが分かりません。
 
LSDは、極端に遅いジョギングなのです。
 
ただし、通常のジョギングは身体の調子に合わせてペースなどはある程度自由に変えたりしますが、LSDはそうではありません。最初から最後まで、一貫してゆっくりです。走り方としても、脚の筋力(キック)はできる限り使わず、「止まらない程度に脚を動かす」意識で走り続けます。
 
混同されがちですが、「ロングジョッグ」と「LSD」は全く別のトレーニングと言えます。
 
目的や実施する上での注意点が大きく異なるからです。そして、多くのランナーがLSDだと思い込んでいる練習は、恐らく単なるロングジョッグです。
 

 
 LSDを体系的に整理して「理論」としたものは、かつてNECホームエレクロトニクスで監督を務めた故佐々木功氏が著した『ゆっくり走れば速くなる』という本が有名です。現在、日本におけるLSDに対する認識は、これが全ての原点であると考えられます。佐々木氏はLSDを取り入れることによって身体資源、すなわち身体の『器』が開発され、より効果的なトレーニングができると述べています。
 
  ただし、誤解を招くのはここからです。佐々木氏は決して「LSDだけで速くなる」とは述べていないのです。佐々木氏はマラソンのトレーニングについては「LSD→コンディションコントロール→オーバートレーニング」という流れを提唱しています。これによれば、
 
 
1.LSD(疲労の回復と身体資源の開発)
    ↓
2.コンディションコントロール(軽いスピード練習などで体調を引き上げる)
    ↓
3.オーバートレーニング(タイムトライアル等で追い込む)
    ↓
 ※1に戻る
 
というサイクルでトレーニングを行うことにより、それぞれの練習効果が相互に働きかけて競技力が向上します。LSDは疲労を抜きながら身体資源を開発する効果があり、コンディションコントロールはオーバートレーニングの前段階として体調を引き上げる役目を持ちます。そして、このサイクルの中でメインと言えるオーバートレーニングで身体をしっかり追い込み、またLSDに戻ってその疲労を抜きます。
 
  よく見られる「LSD不要論」の多くは、佐々木氏の提唱するトレーニングに対する理解不足や、「LSDとロングジョッグの混同」などが原因だと思われます。佐々木氏は中級以上のランナーについて「LSDだけで強くなる」とは言っていませんし、佐々木氏の提唱するトレーニングの流れも、いわゆる「超回復の原理」を長距離トレーニングに応用して強弱をつけたもので、当時としても特に目新しいものではなかったはずです。それよりも佐々木氏の理論で際立っていたのは、ロングジョッグではない、LSDのやり方でした。ランナーは競技力が高くなればなるほど練習で走るスピードも速くなると思われがちですが、この「佐々木一門」のLSDは、歩いている人にも抜かれてしまうほど遅かったというのです。
 
  なぜ敢えて遅くする必要があったのか。それを佐々木氏は「遅いペースでしか開発できない毛細血管がある」と説明しました。ただし、最新の科学や医学でも、その真偽は今のところはっきりしていないようです。しかし、私はこのLSD理論を実践するにつれて、ロングジョッグにはない大きなメリットがあることに気付きました。それこそがLSDの真の目的であると考えます。
 
 
LSDの真の目的
 
   まずはLSDの正しい実施方法を説明します。LSDで意識することは、とにかくゆっくり走ることです。歩くよりは速いくらいのスピードで、全身から力を抜いて脚を一歩一歩正確に、まっすぐ重心の下に下ろしていきます。ストライドを伸ばさず、地面に余分な力を与えずに走るので、走るというよりは「移動する」という感じです。身体を意識的に動かすのではなく、自然に動いていく身体のリズムに逆らわないよう、慣性に脚を合わせるようにします。とにかく、スピードを上げようとする意識の一切を放棄することです。言葉でうまく伝わるかは分かりませんが、速く走ろうとする努力を放棄すると、逆に身体は慣性でゆっくりと前に進むようになります。
 
  こうなればあとは身体との対話です。自分はどれくらい疲れているのか、どのくらいのペースまで落とせば身体がほぐれてくるのか、一人の世界に入って感覚を追い求めます。恐らく、ゆっくり走り続けていると身体は徐々にだるくなってくると思います。しかし、これはまだ最初の段階です。だるくなったらもっと身体に主導権を預けて、ペースをできる限り落とすように努力します。だるくなるのは身体の奥底に疲れがあるからです。そのだるさを全身で感じながら走り続けます。ペースを上げてしまえば確かにその時は気持ちよく走れますが、ここで敢えてペースを上げないようにすることがポイントです。そのほうが次の日により調子が上がるからです。
 
  そうして走り続けていると、だるさとして表出した疲労が抜け始めて、本当に少しずつですが身体が軽くなってくると思います。これがLSDの第2段階です。ただし、軽くなってきたと思っても、そのままスピードを上げずに走り続けて下さい。この段階までくればLSDはそこでストップしても構いませんが、そこを止まらずにもう少し続けていると、身体の奥からさらにエネルギーが湧いてくるような感覚が生まれます。これがLSDの第3段階です。ここでLSDをストップするのが通常の練習のサイクルとしては理想です。
 
  時間的には最低でも60分、実力や疲労度によっては90120分を要するかもしれません。このあたりのさじ加減はある程度の経験も必要となります。スタミナ強化を目的とするなら第3段階からさらに時間を延ばして走り続けることも効果的ですし、疲労の回復が主目的なら、第2段階~第3段階でやめておいたほうが確実です。大事なのは、何のためにLSDを行うかをはっきりさせておくことです。
 
  では、LSDなら本当に佐々木氏の言う「身体資源の開発」ができるのでしょうか? 
 
私の考えは少し違います。「LSDでしか開発できない身体資源」というものが存在するかどうかは、はっきり言ってよく分かりません。
 
ただ、LSDを佐々木氏の言うようなやり方で忠実に実行した結果、LSDの真の目的とは「練習の疲れをしっかり身体の外に出し、爆発的な力を蓄えること」だという結論に至りました。
 
LSDを第2段階、第3段階に至るまで実施した場合、ロングジョッグとは明らかに違う身体の『爆発力』を獲得できるからです。脚のバネを使わずにゆっくり走り続けるからこそ、ジョッグとは違った効果が得られるものだと考えています。
 
 
LSDの取り入れ方と注意点
 
  感覚的な話が続きましたが、多くの人が気になるのはLSDを「どんなペースで」「どのくらいの時間・距離を走るか」だと思います。
 
しかし、これには個人差があり、どのくらいの時間・速度が適切なのかは一概には言えません。
 
私は5000mで15分台、マラソンも2時間43分の記録を持っていますが、あまりにも疲労感がある時は、LSDを1km8~9分のペースでやることもあります。通常は1km6~7分で、時間的には6090分です。
 
60分なら疲労回復が主な目的となりますが、80分を超えるようだとスタミナ強化的な意味合いを含むようになってきます。走る時間が100分を超えるような場合は、もう完全に「強化」としてのLSDです。ジョッグよりも遅いペースで走り続けるLSDは、ジョッグや距離走とはまた違った種類のスタミナを強化できる実感があります。
 
  私の場合、1km5分中盤よりも速いようなテンポになった場合、それはLSDではないと感じます。「止まらない程度に脚を動かす」意識とはかけ離れた感覚になってしまうからです。そうなるとLSDではなく、単なるロングジョッグとなります。ロングジョッグが悪いわけではないのですが、目的としている効果はLSDとは少し異なります。LSDの時は身体との対話を忘れるとペースが上がりやすくなるので、注意したいものです。
 
  LSDの後は、その湧き上がってきたエネルギーを使いすぎないように、スピードを少し抑えながら100m程度の流しを3~5本入れるのがベターです。LSDによる疲労が身体の外に出ている状態ではリラックスして走れるはずです。また、面白いことに、LSDの後は脚が固まったような感覚になることもありますが、このような場合でもダッシュ系の練習をすると意外といいタイムが出たりするものです。無駄な力が入らない代わりに、LSDで使った筋肉がしっかり動いてくれるようになるからだと思います。そして、単なるジョッグでは得られない翌日の『爆発力』が、LSDでは比較的容易に手に入ることも注目すべきです。LSDを行った次の日は、LSDの時は我慢して使わなかったエネルギーが充填されたように身体がよく動きます。恐らく、佐々木氏が紹介したかったLSDの世界とは、この領域のことだと考えられます。
 
  しかし、だからといっていわゆる「抜きの練習」を全てLSDにすべきか、という点については一考の余地があります。ジョッグには脚を『強化』できるという良さがあり、LSDと通常のポイント練習だけではどうしても身体に与える刺激がマンネリ化してしまいます。また、ある程度身体が疲労している時のLSDは効果がありますが、逆に身体に疲労がない状態では、LSDの効果は空振りします。身体が速く走ることを求めてしまい、うまくスピードを落とせなくなるからです。本来、そういう時にはLSDをやるべきではないのです。調子が上がっている時は、スピードを意識したメニューを組んで、もっと身体に別の刺激を与える必要があります。そして、そういった刺激の変化こそが、よく言われる『練習の流れ』なのです。
 
LSDの実践から身に付けるべきもの
 
 LSDも考えながら実践していくと、次第に次の日の体調をコントロールできるようになってきます。「今日これくらいの感覚で何分くらい走れば明日はこんな感じの体調になる」といった具合です。この段階までくれば、LSD理論はさらに発展させることができます。調整にこのLSDによる体調コントロールの感覚を取り入れることで、より優れたコンディショニングができるようになる、ということです。
 
  調整の目的はあくまでも試合で最高のパフォーマンスを発揮することです。「試合前日は1000mを1本入れる」というランナーがトップアスリートも含めてよく見られますが、私は何も1000m×1本にこだわる必要もないと思っています。
 
  前日に1000mを走らなくても、試合前の練習の段階から自分の体調をコントロールしていけば、狙った体調を試合の時に引き出すこともできるということです。そのためにも、日々のLSDで自分の体調を見極める能力を養うことが重要なのです。そして、LSDの知られざる効果である『爆発力』の誘導も、調整段階では大いに活用できると思います。試合の時にこの爆発力を引き出せる状態を作れるようになると、調整の精度は大きく向上するでしょう。
 
  ところで、人間は単純な運動を続けている時のほうが、考えがまとまりやすいという説があります。LSDの副次的効果としては、この単純運動の原理で、考え事をするにちょうどいい、という要素もあります。よりよい練習効果を得るにはどうしたらよいか? レースで実力を出し切るには、どのような練習の組み合わせが有効なのか? LSDをしながらこのようなことを考えることが、強くなるためには有意義なのかもしれません。(執筆:2001年/2014625日 加筆・修正)』
 
 
 
私は決して佐々木監督の理論だけが正しい、とは思っていません。同じ山の頂上を目指して登るのにも、登る道は一つではありません。例えば富士山に登るにも、スバルラインやスカイラインを使って自動車で5合目まで行けるし、登山道も吉田口や御殿場口などがあり、登り方は幾通りもあります。
 
それと同じで、佐々木監督の理論も一つの確立されたルートだと思っています。ただ佐々木監督の理論は、歩いてしか登れない登山道と同じです。自動車や走って登るより時間がかかります。けれど自動車も持っていない、走る体力もない、歩いて行くしかできない人もたくさんいるはずです。私も歩くことしかできなかったのです。そういう人でも登れるルートなのです。
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よその孫が金魚ハウスに遊びに来た。

孫が金魚ハウスに遊びに来た。
 
孫と言っても、血のつながりはない。
よその孫である。
 
 
にわとりよりも小さく見える。
ちっちゃい子は、かわいいなぁ。
 

 
 
はじめは、恐がっていたが、しばらくすると興味津々で、にわとりにさわろうとする。
私の飼っているにわとりは、人間にとてもなついている。
 
 
 

 
 
 
もう一つの金魚ハウスには、メダカを飼っている。
ちっちゃなメダカにも興味津々である。
 
家でも金魚を飼っていると言うことなので、魚が好きなのかも知れない。
 
 

 
 
 
この孫のお父さんは、私が勤めている会社の上司である。
つまり社員だ。
いつもパートの私に怒られている優秀な社員だ。
 
 
 

 
 
 
甘やかされて育っているようで、カメラを向けると一番いい顔をする。
 
ネコや金魚も可愛いけれど、にんげんのちっちゃいのも可愛いものだ。
 

 

政治家の断末魔の叫び

生活の党に入党した山本太郎氏
                                               Photo By スポニチ [ 2014年12月27日 05:30 ]
 
 『 生活の党関係者は26日、無所属の山本太郎参院議員が入党したと明らかにした。同党は名称を「生活の党と山本太郎となかまたち」に変更すると総務省に届け出た。衆参両院の所属議員は計5人となり、先の衆院選で失った政党要件を再び満たした。代表は引き続き小沢一郎氏が務める。
 
 関係者によると、生活の党と山本氏の関係団体の合流という形をとった。来年早々の新党結成を目指しており、他の議員にも参加を呼び掛ける。党名の再変更もあり得るとしている。山本氏は26日付のブログで「自由度の高い新党を結成することになった。圧倒的に活動の場が広がるチャンスだ」と記した。   』
.   
生活の党と山本太郎となかまたち
 
衆議院議員 小選挙区  議員数
第47回衆議院議員総選挙
 (2014年)小沢一郎(岩手4区) 玉城デニー(沖縄3区)  2名
参議院議員 比例区  議員数
2010年選出(2016年改選) 主濱了(岩手県) 谷亮子(比例区) 2名
2013年選出(2019年改選) 山本太郎(東京都)   1名
 
 
 
 
 
 
めでたく来年度は、4億円ぐらいの政党交付金をせしめることに成功した。
 
 
 
『平家物語』冒頭部分
 
祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。
 
 
 
 
 
『「断末魔」とは状態を表す言葉で、その意味は人間が死ぬ直前の状態のことなのです。

 息を引き取る瞬間そのものが「断末魔」であり、「断末魔の叫び」となると、その時に上げる声のことを表すのです。
その声は、痛みや苦しみなどからあげるものだけでなく、生に執着することからも生まれます。

これから死ぬという恐怖や、生が終わってしまうという後悔など様々な感情が含まれるのでしょう。

おそらく、その瞬間はなんの羞恥心もなく何にも束縛されることはないから、相当な痛みの、無念の、後悔の声なのであろうと予想されます。』
 
 
 
 
恥も外聞もなく、金のためにもがき苦しむ政治家に、何を期待できようか。
 

   
 

頑張った指導者を酒の肴にしての忘年会

夏にやるはずだった飲み会が、忘年会となった。
私にとっては、1年に一度の飲み会で楽しみにしていた。
我孫子市の白山中が千葉県の通信陸上競技大会で、素晴らしい成績を収めた。
その指導者の鈴木先生をみんなで祝ってあげようと言うのが趣旨であった。
 
その成績とは、
男子総合優勝、女子総合優勝。
男子リレー優勝、女子リレー優勝。
 
これは、今までの千葉県の通信陸上大会では、初めての偉業であると思う。
 

 
彼が中学生の時に、砲丸投げを教えた記憶がある。
その時の指導者が現埼玉栄女子陸上部の監督の清田先生である。
まだ、清田先生が陸上競技の指導を始めたばかりの頃で、面白い選手がいるから見てほしいと頼まれて、湖北中学校に行った時の想い出である。
私にとっては孫弟子のようで、とても嬉しい限りである。
 
 
 
 
 

 
駅伝の樋口先生を東葛地域の先生で知らない人はいない。
夏にやるはずの鈴木先生の祝勝会が、冬になってしまって、主役が二人になってしまった。
 
東葛駅伝という地方の中学駅伝大会で優勝することは、とても大変である。
70校以上の中学校が全校出場する伝統的な駅伝大会である。
 
そこで2年連続で優勝し、さらに千葉県大会でも優勝した。
全国大会では、準エースが故障して11位となってしまったようだったが、素晴らしい成績であった。
 
 
以下は参加者の画像である。
 




 
 




 

みみがトイレに行く理由とは?

みみは、トイレが好きなようである。
 
妻が時々トイレを開けて入っている。
変な趣味だと思っていたら、みみがトイレまでついていって、妻の膝に乗っかるのだ。
 
そして、妻が用を足してトイレを出ても、トイレが開けっ放しになっているので、とうとう認知症になってしまったかと心配したら、みみがちゃっかり便座に座って、こちらをにらんでいる。
 
みみはメスネコなので「こら!トイレを覗くな!!」と言っているようだ。
 
便座は、冬でも暖かくなっているので、部屋に暖房が無い時は、重宝しているようである。
 
 
 

 
 
しかし、便座に座る目的は、別の所にあった。
 

 
 
 
みみは、トイレの水が気になっていたようである。
みみをお風呂に連れて行って、石けんで洗おうとすると大変なことになる。
 
一度は、お風呂に落ちて、ばたばたしたことがある。
その時以来、お風呂は大嫌いになったようだ。
 
 

 
 
 
しかしながら、みみは、トイレの水には興味があるようだ。
水が止まってしまうまで、ずっと水を見つめたり、時には、手で水に触ったりしている。
 
 
便座カバーに縫いつけられたネコちゃんも、その姿に驚いているようだ。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

24歳でプロ野球をクビになった男が見た真実

 
 
『「明日、10時45分に来てくれ。スーツで」
 

  なるほど、ついに来たか。心の準備はとっくに出来ていたためか、大きな動揺もなかった。翌日、私は戦力外通告を受けた。

  野球を辞めた今、さまざまな縁の中で、さまざまな仕事をさせて頂いている。こうして記事を書かせていただいたり、全くスポーツとは違う分野で仕事をさせていただいたり。その1つ1つが非常に新鮮で、楽しい。さすがにプロ野球のように毎日しびれるような勝負を繰り返す日々ではないが、好奇心の赴くままに仕事をし、そこで生まれた縁の中でまた新たな世界が広がっていく日々に、無限の可能性を感じている。
 
プロ野球選手の引退後というと、悲壮感が漂い大変だというイメージもあるだろうが、私の場合、今のところそれとは無縁である。幸い年俸が低いまま引退したこともあり、金銭感覚にも異常がない。そのせいか、むしろ引退後の生活の方がゆとりはある。それは、プロ野球選手時代ほど体のメンテナンスにお金をかけなくてよくなった事や、月10万円の交通費を払う必要がなくなったこともあるだろう。
 
  引退後の生活が非常に充実しているのは、もしかすると珍しいパターンかもしれない。その要因は、「野球に一切の未練がない」ことだろう。梶谷に「オマエほど練習したヤツは見た事がない」と言わしめるほど、私はよく練習をした。他の人がやっていない事をやって成果を出すため、自分の全打席の配球や心境を記録したエクセルのページは、400ページを超える。
 
  その甲斐あって、一瞬、プロ野球で夢を見る事も出来た。その後、人生で初と言っていい挫折も経験できた。それを受け入れ、立ち直る事も出来た。あれだけやってダメなら、仕方ない。本心でそう思えた。だから私は、野球をやめた。
 
■ 大学院卒と同じスタートラインで勝負
 
 

  24歳。ストレートに進めば、大学から大学院に進んだ学生が卒業する年齢である。私もそういった人たちと同じ年齢で社会に出る事になった。
 
一般的な大学や大学院生が6年間でどんな勉強をするか、どんな経験をするかは知らないが(非常に興味がある)、私がプロ野球界で過ごした6年間は最高に刺激的な時間だった。異空間で勝負の世界の住人となり、ライバルたちとの戦いの中で磨かれ、不条理を受け入れ、集団の中で個を主張する本質を体験した。これは財産となって私の中に確かに残っている。
 
 
  プロ野球をクビになるという経験は、プロ野球に入らないとできない。私の場合はクビになったお陰で、人生のさまざまなことが実現したい方向に向かって加速している。プロ野球。最高の場所だった。私を最大限に育ててくれた場所だった。感謝の気持ちしかない。いつか、何かの機会で恩を返す事ができるなら、それは素敵な事だと、私は思う。』
 
 
 
 
 
いつも感じるのだが、スポーツ選手や芸能人が引退したり、TV画面から消えてしまった時に、今は何をしているのだろうか?と気になってしまう。
 
こどもの頃からずっと野球に没頭し、毎日が野球漬けの日々であったろう。
 
野球の世界でイチロー選手や松井選手のように、長い野球人生を全うしたかったであろう。
どんなに覚悟が出来ていたとしても、戦力外通告を受けた時は、さすがに気持ちが動揺したに違いない。
 
よく自分にとって耐え難い不幸に見舞われた時に、「神様は、本人に乗り越えられる試練を与えるものだ。」という言葉を思い出すことにしている。
 
彼の場合には、そんな悲壮感は無い。
それは、プロ野球の選手になるほどのすぐれた才能を持ち合わせ、なおかつ誰にも負けないような努力をしてきたからに違いない。
 
それ以上に、彼には若さがある。
最も厳しい競争社会に生きてきた人間の自信が感じられる。
 
 
人間にとって一番の敵は、奢りの気持ちである。
不安にかき立てられながら必死に練習し、厳しい競争社会を勝ち抜いてた時のがむしゃらな自分を忘れてしまって、有頂天になり、感謝を忘れて、やがて身を滅ぼしてしまう。
 
そのような有名人は数限りない。
 
 
 
彼のように、ある日突然、野球選手を解雇されたとしても、それは、ただ単に一つの道を遮られただけのことだ。
 
自分を生かす道は、無限にある。
しかも、最高の経験を積んできた心の財産がある。
 
それは、野球を通して身につけた教育財産である。
 
教育財産こそ、無限大の価値がある。
 
 
 
 
 
 

ワタミの株価とトップの経営哲学

ワタミの株価はどこまで下がるのか?
 

 
 
 

 
 
『2006年に「日経スペシャル カンブリア宮殿」(テレビ東京)に出演した際、番組のホストを務める村上龍に、「よく『それは無理です』って最近の若い人達は言いますけど、たとえ無理なことだろうと、鼻血を出そうがブッ倒れようが、無理矢理にでも一週間やらせれば、それは無理じゃなくなるんです」「そこでやめてしまうから『無理』になってしまうんです。全力で走らせて、それを一週間続けさせれば、それは『無理』じゃなくなるんです」などと、近年の若者の態度を批判する意見を述べた。
 
村上は後に起こった従業員自殺問題に際してネット上に意見動画を公開し、番組中に村上が渡邉に対して唖然とする様子を活字化した上記のコピペがネット上に広まった件に言及すると共に、当時の渡邉の見解に対して「何を言ってるか分からなかった」と述べた。
2006年、「ワタミの介護」が運営する介護老人ホーム「レストヴィラ元住吉」にて入居者の男性(当時87歳)が急死した事件に関連して、男性の家族に対し「1億欲しいのか」などと暴言を吐いた。しかし、ワタミはこの発言を否定している。

2009年1月11日に出演したテレビ番組「TheサンデーNEXT」において、派遣切りにあった若者たちに対し「人のせいにしちゃダメ。被害者意識が強い」「なぜ貯金持ってないの? おかしいでしょう」「今まで税金払わないで何考えて生きてきたのか!?」「マスコミは(若者に)過保護すぎる」と発言した。

2010年のプレジデント誌のインタビューで「ビルの8階とか9階で会議をしているとき『今すぐここから飛び降りろ!』と平気でよく言う」「追い込むが簡単には潰さない」「どれだけきつく叱っても大丈夫かというのが信頼関係のバロメーター」「部下の頭を何度もひっぱたいた」という趣旨の発言を行い、物議を醸した。

2012年1月、自身のツイッターにおいて「議員給与削減5割カットを希望します。震災財源のために歳費を一部カットするも10月からは満額に戻す無神経さ。お金が要らない人こそ政治家になるべき。5割カットが嫌なら辞めればいい」と発言した。

2012年1月20日、自身のブログにおいて「自殺者ゼロの社会」を目指すと都知事選で訴えたと発言。しかし、その1か月後に元女性従業員の自殺が労災認定を受けた。

2012年、SAPIO8月22・29日号のインタビュー記事において、前年に発生した大津市中2いじめ自殺事件等に見られる学校教育現場の機能不全(いじめの隠蔽など)に対し「教師には成果主義、学校には競争原理を持ち込むしかない」とし、「極端に言えば、例えばいじめが起きたクラスの担任教師は給与を下げる」と発言した。
2013年6月、部下に対して「365日24時間死ぬまで働け」「出来ないと言わない」と説いている社内文書「ワタミグループ理念集」の内容が週刊文春に掲載された。従業員過労自殺問題などが批判され、2014年5月、文章撤回に追い込まれると共に「“常に仕事のことを考えていて欲しい”という意味だ」と釈明。

2013年7月4日、立候補していた第23回参議院議員通常選挙の遊説にて、大阪・岸和田盈進会病院の経営を引き継いだ件に触れ「病院を黒字にするために(儲けの薄い)高齢者に出て行ってもらった」と発言した。

池上彰とのインタビューで、過労を苦にした自殺者が出たことについて「それでブラック企業と言われたら、日本には千や万のブラック企業がある」と述べた。

残業賃金未払い問題では、真摯な対応を約束する言葉を述べることもあるが、講演会では「自分を犠牲にしてでも働くべき。残業代のような小さいことを言っているような人間はどうかと思う。少なくとも私は自分を犠牲にしても何事も取り組んでいる」と、残業代未払いを当然のこととする発言もしている。

社員に経営哲学を語る席にて「営業12時間の内メシを食える店長は二流だと思っている、命がけで全部のお客様を見てたら、命がけで全部のお客様を気にしてたら物なんか口に入るわけない、水くらいですよ」などと発言した。」    』
 
 
 
 
ワタミの株価は、2005年から6年にかけて急上昇した。
 
そして、2009年に2500円を超える高値となった。
 
2011年には、都知事選に立候補し、落選となった。株価も急落した。
 
2013年に女性の遺族がワタミに損害賠償を求める民事訴訟を提起した。
その後現在まで、ワタミの株は下落しつつある。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
私は渡邊氏の次の言葉に、教育者としてのセンスは全くないと感じた。
 
教師には成果主義、学校には競争原理を持ち込むしかない」とし、「極端に言えば、例えばいじめが起きたクラスの担任教師は給与を下げる」と発言した。
 
 
一番の問題は、人間を「もの」としてしか見えていないと言うことである。
彼の考える「教育の成果」とは何か?
 
私ならば「渡邊氏のような金儲けのためなら手段を選ばないような人間を作らないこと」と考えるだろう。
 
彼の考える「学校に競争原理を持ち込む」とは何か?
これか!「365日24時間死ぬまで働け」「出来ないと言わない」
 
こどもには死ぬまで勉強しろ!と言い、教師には死ぬまで働け!と言うのか。
 
「いじめが起きたクラスの担任教師は給与を下げる」
 
人間が集まれば、そこにいじめが発生する。
いじめのない学級もなければ、いじめのない社会もない。
大事なのは、いじめが起こる原因を考え、みんなが仲良くなる方法を考え、実行していくことだ。
 
人間の成長とは、自分のことよりも、妻のことを大事に考え、妻と同じように自分のこどものことを大事に考える人間になることだ。
さらには、こどもと同じように親のことを大事に考える人間になることだ。
そして、親族や他人のことを妻や自分のこどものように大事に考える人間になることだ。
 
教育とは、自分のことばかりを考えている人間を、他人を大事に考えられる人間に育てることだ。
 
 
 
渡邊社長には、怒られるかも知れない。

「そんななまっちょろい考えだから、儲けられるチャンスを逃してしまうんだ。」と。
 
「教育の成果とは、如何に他人を蹴落とすことが出来るか、貧乏な老人を見捨て、金持ちを大事にする人間を育てることである。」と。
 
教育者としてセンスの無いものは、経営者としてもセンスが無く。また、政治家ならなおさらだ。
人を育てるセンスが無いものが、人の上に立つなんて、言語道断だ。
 
 
 
 
そろそろ、ワタミの株を買う時期かも知れない。
いや、まだまだ底が見えない。
あせるな。
 
 
 
 
 

みみ 冬の行動

冬になるとみみは決まってとる行動がある。
 
トイレの便座に座るのである。
 

 
お母さんがトイレにはいると、必ずみみも入る。
みみは膝の上に乗るようだ。
そして、お母さんが出ても、みみは何時までも便座の上に乗っている。
 
それは、みみにとって家の中で一番暖かい場所だからだ。
 
 

 
 
もう一つお気に入りの場所がある。
 

 
炊飯器の上である。
不思議なことに、炊飯器のスイッチは切ってある。
炊飯器が暖かいはずは無い。
 
ここは、まどから暖かい光が入ってくる。
近くにはお母さんがいるに違いない。
一番暖かい場所からお母さんの行動を観察している。
 

 

作り話は面白い 「がばいばあちゃん」

島田洋七「がばいばあちゃん」が佐賀から大ひんしゅく [芸能人]
 

 
「がばいばあちゃん」がシリーズ累計500万部を突破。
 著者の島田洋七(57)は、「童貞のがばいばあちゃん」で3~4億円は稼いだと言われている。
そんな「がばいばあちゃん」に、地元佐賀で大ブーイングが起きているらしい。

あの話は8割はウソ、2割は作り話って…。

 空前のベストセラー「がばいばあちゃん」は、ここ5年間にシリーズで累計500万部を超え、映画は70万人を動員。
テレビドラマ化もされる大ブームに。

 著者の島田洋七には講演会が殺到し、すでに3500回を超えたほど。
この著書は、91歳で他界した祖母と明るい極貧生活の中で、人生にとって本当に大切なことを学んだという、笑いあり涙ありの洋七の自伝。
 多くの人から絶賛されてきた本だが、実は地元からはバッシングされているというから意外だ。

 洋七の同級生の話。

 「洋七のいうことには首を傾げることが多い。そもそも小中学生のころ、彼は祖母と一緒に暮らしていなかったんじゃないかという人もいますよ」
 洋七の事務所は、「一緒に住んでいた」と断言。
 地元住人の中には「どれくらいの時期かわからないが、一緒に住んでいましたよ」という意見も。

しかし、別の同級生からはこんな話も。

 「真っ赤なウソというわけではないけれど、当時の様子も、おばあちゃんの暮らしぶりもあまりにも大げさすぎるんですよ」
また洋七の中学生時代の恩師は、「がばいばあちゃん」の初版から実名で登場した人物。その彼が「実名まで出して、あまりにも事実と違うことが描かれていたので、迷惑な反響も大きかった」と告白している。

 洋七がこの恩師の自宅の表札を盗んだり、自転車を分解したなどのイタズラをしたことが描かれていたのだが…。
その恩師は出版元に抗議し、逆援の自宅にも連絡したという。
そのために、重版分からは、指摘された部分は削除されている。

さらには、「がばい~」のこの部分も物議をかもしているらしい。
 
市場があった上流から落ちた大根、キュウリ、トマトなどの野菜が流れてきて、貧しい一家の食卓を飾ったという部分。
 近所住人の話。
 「でも、上流には野菜市場なんてなかった。川で何かを拾っていたかは知らんけど、昔はみんな貧しいし、野菜は高級品。そんなものを間違っても流すはずはない」
この流れてきた野菜については洋七本人がテレビ番組で語っている。

 
別の同級生はまたこのように声を荒げる。

 「(洋七)本人が“あの話は8割ウソ、2割は作り話”と笑って話していたくらいです。自伝的小説とは言っているみたいですけどね、最初からフィクションと断っているのなら文句はないし、いい話で済んだのに…。それを自伝と言い、先生や同級生まで巻き込んでいるから、みんな話が違うだろうとも言いたくなるんです」

 洋七は、佐賀に約250坪の敷地に「がばい御殿」を建てたという。
 昨年の秋には敷地内に白壁3階建ての新棟を増築。
 地元佐賀ではブーイングの嵐が起きているらしいが、「がばい」バブルはまだまだ続きそうだ。』
 
 
 
 
昔は、みんな貧乏だった。
「がばいばあちゃん」に似たような人物は、日本中どこにも存在しただろう。
作り話だとわかっていても、どこか共感する部分がある。
 
この話しが大ヒットしたのは、漫才師として一世を風靡した後、一旦は芸能活動を休止し、再びタレントや作家として活躍するようになった彼の芸能人生と芸人としての天性によるものだと思う。
 
 
 
貧乏だけを売りにしたのでは、長続きはしない。
 
 
 

故上原美優 家の中でもカッパを着て寝たり、カッパを着てご飯を食べていた
 
家は雨漏りがひどくて家の中でカッパを着て寝たり、カッパを着てご飯を食べたりしていたらしい・・・10人も兄弟がいたら家計的にも大変だよね(゚д゚)
 
 
 
 

黒田有 貧乏のあまり母親に2度捨てられた
 
 父親が莫大な借金を残して失踪した事に悲観した母親は彼を神社に捨てたらしい・・・長兄が救出したのが1回目。2回目は、小学3年生の時に八戸ノ里駅(東大阪市・近鉄奈良線)近くの高架下に捨てられ、再び長兄が発見して連れ戻したんですって!(゚д゚)黒田さんはそれを23才で知り、ショックで2日間泣き続けたそう・・・(゜-゜)
 
 
 

宇都宮まき 甘いものが欲しくなると、おやつ代わりにツツジの蜜を吸った

平成の貧乏女王とも言われる、お笑い芸人の宇都宮まきさん。ツツジって蜜が出るの?(゚д゚)他にも、筆箱代わりにビニール袋に鉛筆を入れていたらしいです(>_<)
 
 
 

中川家 風呂が家に無く、玄関に流しからお湯を引っ張って家族全員風呂として体を洗っていた

玄関をお風呂の代わりに使ってたって・・・排水はどうしたの?(゚д゚)
 
 

熊谷岳大 初めて遭遇した茶碗蒸しを、あったかいプリンだと思ってしまった

修学旅行先で出た茶碗蒸しを「ここの旅館、なんだよ!あったかいよ、プリンが!」と言ってしまい、その日からあだ名が「茶碗蒸し」になったそうです。茶碗蒸しの存在を知らなかったらしい・・・(゚д゚)!
 
 
 

大溝清人 家は米軍基地の跡地に建ったほったて小屋

祖母と一緒に暮らしていた清人さんの家は、米軍基地の跡地に建ったほったて小屋。大きすぎる家の隙間から猫やら落ち葉やらが入ってきてたらしい・・・落ち葉ってある程度大きい隙間じゃないと入ってこないよね(゚д゚)
 
 
 

小堀裕之 父親が母親から40万円で引き取った
 
小堀さんの祖父が議員さんの名家だったが、ドラ息子の父が財産を食いつぶして没落。父は二度、母も一度自己破産していて、両親はそれぞれ浮気したあげく離婚。一度は母方の姓=種村になった小堀さんだったが、一人っ子だったので小堀家の跡継ぎとして、「40万円」で父と浮気相手の住む実家に引き戻される・・・超ハード(゚д゚)!40万円って・・・(。_。)
 
 

河本準一 風邪をひいても、栄養をつけさせるわけじゃなく体力を消耗させないように、「じっとしていなさい」と母親に言われた

小学校3年の時に両親が離婚し、それから極貧生活が始まったみたいです(゚д゚)じっとしてるっていうのは合理的な考えかも(゜-゜)
 
 
 

田村裕 公園の土管の中に住み、雑草やダンボールを食べていた

ホームレス中学生は衝撃的でした!(゚д゚)世の中には色んな人がいるんだねぇ~(◎-◎)
 
 
 
 

後藤輝基 子供の頃クリスマスプレゼントが図書館から借りて来た本だった。2日後に返しに行った
 
本を買ってきたんだったらわかるけど・・・借りてくるって!(゚д゚)自分で返しに行った所が悲しい(。_。)
 
 
 

城島茂 自宅の裏にある畑から菊の花をとってきて、おひたしにして食べていた

母子家庭に育って幼少時代は貧しかったみたい・・・菊の花をまとめて食べるのは辛そうだね(゚д゚)(。_。)
 
 
 

麻生久美子 子供のころのごちそうはパンの耳で釣ったザリガニ
 
ザリガニは甘エビと同じ味がして美味しかったらしい・・・パンの耳でザリガニって釣れるんだね(゜-゜)』
 
 

ワーキングプアーの世界にもいじめがある

社員50名にパートが40名、そして下請けが60名ぐらいの会社である。
会社と言っても整備・流通部門の1部所に過ぎない。
税金対策で、複数のグループ会社に分けている。
全体では社員500名ぐらいの小規模会社である。年商は200億円ぐらいだ。
 
パートは女性が多く、5,5時間の扶養範囲内の者である。下請けのパートは全員がそうである。彼らの仕事内容は、リースした商品を綺麗に整備するものである。
 
フルパート社員は、10人ぐらいであるが、そのほとんどは社員の支援の仕事である。
 
ある朝のことだ。
32才ぐらいのフルパートの男性社員が元気がない。
 
「俺ねぇー。聞きたくないこと聞かされて、嫌になっちゃった。」と言う。
「どうしたの?」と私。
 
「昨日残業して、整備品を持って行ったら社員にひどいこと言われちゃった。」
「どんなこと言われたの?」
 
「社員から、別の社員が死ねって言ってたと言われちゃったんだ。そんなの聞きたくなかった。」
 
彼の時給は800円である。
しかも、今まで社員がやっていた仕事の一部を任されている。
仕事内容は、その日に出荷する商品の足りないものを外注に整備依頼したり、整備品を点検したりする仕事が主である。
 
そう言えば、仕事が終わって帰る時に、彼がホワイトボードの整備をしていたのを思い出した。
 
「今日は残業なの?」
 
「そう。1枚整備しなければならなかったのを忘れてしまったんだ。出荷担当の社員から電話がかかってきて、やっていないことを思いだしてしまった。外注は帰ってしまったし、今日中にやらないと間に合わない。」
 
 
彼が元気がなくなった理由が、だいたいわかった。
出荷するための整備品が足りなくなっていたものを、外注に整備依頼するのを忘れてしまったことが原因だった。とにかく1日の出荷量は、全体で2トントラック50台分ぐらいの商品量である。彼が担当している商品の量だけでもトラック10台分はあるだろう。
 
本来なら社員が担当する仕事であるが、今年に入って社員が6名も辞めてしまった。そのため、急きょパートの彼が、その大部分をやることになってしまった。
パソコンを使えない彼が、朝1時間前に出社して、会社のオフコンを使ってその日の出荷の種類と在庫数を確認して、足りないものを把握し、外注に整備依頼をする。オフコンの使い方を覚えるだけだって、彼にとっては大変な仕事だ。
 
ホワイトボードの1枚ぐらい、整備を忘れることはよくある。普段なら5分もかからないで整備が出来る。しかし、運悪く、比較的綺麗な物は、外注がさっさと整備してしまって、ラインのテープが貼ってある整備が面倒なものが1枚残っていた。新品はたくさんあるが組み立てるには、時間がもっとかかる。
30分以上もかかって、1枚を仕上げ、出荷場に持っていって、社員に謝った。
 
その時に、言われた言葉に傷ついたと言うことだ。
 
確かに、出荷担当の社員は、次の日のトラックに積む商品を集め終わらないと、その日の自分の仕事は終わらない。頼んで置いた商品が届いていない。原因が整備を忘れていたのでは、腹も立つ。ついつい担当者を責める言葉が出てしまう。
 
彼が社員の言葉に落ち込んでしまったのは、間接的な言い回しが原因である。
直接担当者に責められるのなら、その場で謝ることも出来るし、仕事をミスしてしまった自分が悪いのは、よくわかっているので当然だと受け止められる。
 
しかし、影で「死ね」と言われていたなんて、聞きたくない。
 
50人足らずの部所で、半年で6人もの社員が辞めてしまう原因が、そう言うところにもあるのだと感じた。
 
とにかく、そのようなことを聞いてしまったからには、私のもう一つの仕事である、会社のコンプライアンスを遵守させるための自主活動である。
 
 
朝の担当部署の打ち合わせの席で、初めて発言した。
 
「整備担当の○○君が、社員からひどいことを言われたと落ち込んでいました。内容は、誰とは言いませんが、若い社員から別の社員が「○○死ね」と言っていたと言われたことです。
 
原因は○○君が、整備するのを忘れてしまったミスが原因でしたが、本来は社員が指示し、確認する仕事です。彼は社員のみなさんと違って時給800円で働いています。社員の補助が本来の彼の仕事です。しかし、彼は責任を感じて、残業して一人で整備して、担当者の所まで運んでいきました。そこで、自分のミスを謝りました。その時に、ひどいことを告げられました。
 
これは、社員のパートに対するパワハラであり、いじめです。絶対にあってはならないことです。このことは、○○君の上司であるグループ長にもすでに、伝えてあります。
 
私がこの場で発言したことで、心当たりのある社員がいましたなら、○○君に対して早急に必要なアクションをとっていただきたい。
それが早急に確認できない時には、私はセンター長や社長に対して、必要な行動をとりますので、心してください。以上です。」と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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