ここに登場する大野忠明さん(仮名・46歳)には、人生をどう生きるかの哲学がない。
39歳の時に体をこわしたときから、人生が狂ったのではない。
はじめから人生哲学がないから、当然の理として、崩れていったのである。
物心ついたときから、将来の生き方は考えているものだ。
それは親や他人に教わることではない。
自分がどのように生きたら満足が得られるか、幸せ感をもてるか。
それは、小学生でも芽生えているはずだ。
そして、人間は、自分が望むとおりの人生を歩む事ができるものだ。
彼の生き方は、彼が望んだ生き方であると思う。
彼は、年収260万の現在の生活を口では、「こんなはずではなかった」と言っているが、彼の心は、満足しているはずだ。
月収40万円を稼いでいたときこそ、彼が間違って評価されていたのである。
それが病気をしたことから、会社の人事部が、彼を見抜き、リストラしたわけである。その時すでに、彼という人間は、会社にとって居てもらっては困る社員だったわけだ。
彼が一度でも心の底から「こんな生活は嫌だ」と思えば、その時から変えることができたはずだ。
しかし、彼は、あれこれ言い訳を並べて、自分をだましている。その時点で、彼はすっかり自分を受け入れてしまっている。
何の問題もない。
彼が望むとおりの人生を歩んでいるのである。
私の勤めている会社に今年36歳の独身男が居る。
実家から車で5分の場所にある物流倉庫の作業員のパートタイマーとして働いている。
時給はなんと780円である。年収は1,497,600円である。この中から社会保険や所得税が引かれるので、手取りは年収130万円と言うところか。
両親と3人兄弟の5人家族である。彼は長男で、正社員の弟と1昨年結婚した妹がいる。父親は、市役所の現業職を定年退職し、現在64歳で週に3日の契約社員をしている。彼の家は、兼業農家で畑と田んぼが少しある。ハウスブドウは巨峰を作っている。
彼は、現在の人生に大満足している。
親も彼の話から満足しているようである。
彼は、家には気持ちだけの食いぶちを入れている。40万円の中古のワゴンRの月賦が数万円。貯金は1万円ぐらいだろう。
彼の趣味は、日曜日に中山競馬場に行って、競馬をやることと、時々電車に乗って、適当な駅で降りて、ぶらり旅を楽しむことである。
競馬で使う金は、1日3000円から1万円である。
月に7万円ぐらいは小遣いとして使ってしまう。
月給の手取りが11万円ぐらいだから、ほとんど小遣いで使い果たす。
会社は65歳まで働けるので、彼はあと29年勤めることができる。
結婚の希望はあるようだが、具体的な努力はしていない。
女は好きなようなので、2ヶ月に一度ぐらいは栄町の歓楽街で、デフレで安くなった風俗嬢と遊ぶ。
彼に何を言っても、否定はしないが、聞き流している。
「まだ若いんだから、もっと挑戦して、結婚できるように正社員にならないとダメだ!」
「仕事も、どうやったら効率よく楽にできるかを考える事が大事だ!」
「言われたことだけをやるのではなく、自分から進んで、仕事を求め、覚えることだ。」
「目上の人に対する言葉遣いを覚えて、社会人として成長しないとダメだ。」
それらは、働くことが一番大事だと思って、40年以上も会社人間として、こき使われてきた団塊世代の悲しい年配者の哲学だ。
彼は、きっと腹の中では、笑っているに違いない。
36歳の独身貴族のフルパートタイマーの彼の人生は、親の財産をしっかりと当てにして、時間になると1分たりともサービス残業をせずに、社員から「お疲れ様」と声をかけられ、途中のコンビニで親父と飲む焼酎を買って帰る。
休みの日は何をやって遊ぶかだけを考えて、日々の単純な作業員としての労働をこなす。
彼こそ、36歳にして、人生の楽しみ方を達観した理想的な未来人間である。
私は彼に65歳後の年金額を計算して教えてあげた。
「○○君、今のペースで年金を払い続ければ、65歳からは全部で10万円ぐらいは支給されるよ。今の給与と何ら変わりない。両親を大事にして、弟や妹には親切にして、遺産相続は放棄して貰えば、何の心配もない。
会社は君のように、時給780円でも喜んで働いてくれる人材を求めている。30年でも40年でも、君をリストラしたりしない。安泰だ。
ここの会社の社員のように、安月給で家のローンや子供の教育費ために、月の小遣いが1万円の者もいる。
1日にタバコ1箱も吸えず、朝から晩まで働き、残業代で何とか暮らしている。
君はなんて幸せな人生を歩んでいるのだろう。」と。