土曜日の休日
畑にある金魚ハウスに男が4人集まっている。
今日の風はやけに冷たい。
ストーブがないと1時間もいられない。
腎臓が悪くて、一度は死にかけた年配の先輩友達が話し始めた。
「あの爺さんの親戚におもしろい男がいてね。おかしなやつだった。」
あの爺さんとは、私が先週に話した人物のことである。
話は、その爺さんの「親戚のおもしろい男」の話に変わった。
私と後輩は、いつものごとく聞き役である。
「部落のお祭りで、お囃子や太鼓をやったりする。その世話役をずっとやっていた。」
「そのおもしろい男は、10ぐらい年上で、しつこいやつだった。」
「『おれもそのお囃子に連れて行ってくれ。』と何度も頼みに来る。」
「そのたびに『おめぇのくるところじゃねぇ』と言って、追い返していた。」
「でも、あんまりにもしつこいので、根負けした。」
「そして、その男をお祭りに連れて行ったら、『おれも、お囃子の舞台に出たい』と言い出した。」
「『おれはキツネの跳ねる踊りが出来る。やらせてくれ。』と、これまたしつこい。」
話は、延々と続く、「どこに落ちがあるのだろうか?」と少し不安になりつつ、
二人は、話を聞いている。
その10歳年上の男は、祭りの時のお囃子の中で、キツネのかっこうで、ぴょんぴょん跳ねていた。
そして、何を思ったか、「舞台の上から客席に、ぴょんと飛び跳ねた。」と言う。
舞台下では、観客がざわざわとしている。
キツネが転がって、「痛い、痛いと叫んでいる」と。
舞台の高さは、1m以上はあったそうだ。
その時の男の年齢は、55歳ぐらいだったという。
30年ぐらい前の話で、何年か前に男は亡くなっている。
話は、そこで終わりではない。
そこからが本題であった。
「おれはよぉ。いつでも悪者にされてしまう。」
「そん時だって、足の骨の折れたその男を医者に連れて行こうとしたら、『医者じゃなくて、家につれてってくれ』と言うから、その通りにした。そして、ことのてんまつを奥さんに話そうとすると、『なにも言うな』と言うので、黙っておいてきた。」
「しばらくして、その家に行ってみたら、その男の弟が来ていて、『あにきになんてことしてくれたんだ。』と息巻かれた。」
「どうやら、おれが無理矢理連れて行って、危険なことをやらせたことになっていた。」
「あの男は、おっかぁには、めっぽう弱い。酒だってろくに飲めない。」
「だから、おれが帰った後に、おっかぁに、作り話をしたのだろう。」
「弟に何度説明しても、信用してくれない。」
「こんなこともあった。」
「福島の山奥に、毎年釣りに行っている。」
「ある時、その男が『連れて行ってくれ。』と言うので、連れて行ったことがある。
「いつも、その男は汚い服を着ているので、これを来て来いよと言って小綺麗な服を渡した。」
「いくらなんでも、あんな汚い服を着てこられたのでは、格好が悪い。」
「ところが、当日になってその男の格好は、あまがっぱ姿だった。」
「しかも使い古しのあまがっぱだ。」
「仕方なく連れて行った。」
「宿について、ゆっくりしているときに、宿の主人に連れのことを聞かれたので、冗談を言ってやった。」
「あれは、近所に住んでいるもので、家のもんが東京の橋の下で、乞食をしていたので可哀想に思って、ひろってきて、作男にして使っているんだよと。ちょっとあたまがよわい。」
「そうしたら、風呂から上がってきた「やつ」に、全部聞かれてしまった。」
「家に帰ってから、おっかぁに、『おれは、乞食だとか作男だとか、ばかとか言われた。』と、こぼしたみたいだった。」
「そんなこんなで、不思議なことに、いつもおれが悪者にされている。」と話した。
最後まで聞いて、私がまとめた。
「そうですよね。人というのは、一方の事実を、本当のことだと思ってしまう。」
「よくある話ですね。両方の話を聞いてみないと、本当のことはわからないですよね。」
「その男も、都合の悪いことは奥さんに伝わらないようにして、作り話を信じ込ませたのでしょうね。」
「冗談もわからなかったのでしょうね。」