40才になる男がいる。
私が定時で帰えろうとした時、彼は
『明日から有休取りますので、居ませんので宜しく。』と、にこにこしながら挨拶してきた。
今日から始まる女子オープンゴルフの4日間のチケットを取ったようだった。まとめて買えば1万円となる。
野田市にあるゴルフ場で開催されている。
そう言えば、彼は去年も見に行っていた。
この男、月に2回、平日に有休を取ってゴルフに行っている。仲間は同じ会社のパートである。彼以外はとっくに年金を貰っている年寄り達だ。
普通なら、40才にもなってパートじゃ先が思いやられるとの評価をされてしまうところだろう。
自宅から会社までは3kmしかない。
5年前に父親が他界して、母と弟の3人で暮らしている。
弟は普通のサラリーマンである。
妹もいるが、すでに結婚して娘がひとりいる。
彼は、少し出来の悪い長男というところだろう。
将来の事や結婚の事などは考えている様子はない。
彼のもっぱらの楽しみは、ゴルフと高校野球の観戦である。
高校野球観戦は、ただひたすら県の地区予選を観戦するのである。
そしてもう一つの趣味は、時々電車に乗って一人旅をする。
無人駅などに降りて、テレビのぶらり旅の主人公気分にひたるようだ。
さらに、競馬が大好きである。
一人で競馬場に行く。
賭け事が好きなようであるが、かける金額はたいしたこと無い。
そして、今回女子オープンゴルフの観戦が加わったのである。
彼を見ていると、人生の悩みなんか無いように感じる。
彼の時給は、1000円位だから月収は16万円位だ。年収にすると200万円ぐらいだろう。
彼は、社員になるつもりは全く無い。
もっとも、社員になったら1か月も持たないと思う。
この会社の若い社員は、毎年のように辞めてしまう。
残業が平均で50時間以上である。
もちろん社員は、有給休暇の消化はできていない。
若い社員のほとんどは、作業員でブラックに近い職場だ。
パートタイマーだから、忙しい日であっても有給休暇を取って、悠々とゴルフを楽しめるのである。
それに、彼の場合は、仕事もまじめだから残業を社員の半分ぐらいはやらせてもらっている。
月に30時間は優にやっているだろう。3万円以上は残業で稼いでいる。
彼の家は、兼業農家である。
父親が他界してからは田んぼは親戚に任せてあるという。
畑もあるし、ハウスにはブドウが植えてある。
母親が畑をやっている。
母親は68歳ぐらいで、まだまだ元気である。
父親は市役所の職員であったので、母親は遺族年金をいただいている。
経済的には、彼の収入をあてにしなくとも済む。
彼が65歳までパートを続けたとして、年金額は12,3万円はいただけそうである。
この会社は、社員の給与は安いが最低限度の福利厚生はちゃんとしている。
親の立場で考えれば、3人の子供の一人ぐらい外してしまっても、どうってことないのだろう 。
ましてや、長男が母親のそばにいる。
何でも母親の言うことを聞く。
実際に父親が他界してからは、地区の行事には彼が参加している。
いつだったか地区の祭りでタダ酒を一杯飲んで、家に帰る途中、頭から田んぼに突っ伏してしまったようだ。
幸い地区の先輩と一緒だったので、大事には至らなかったが、人付き合いが良く、タダ酒が大好きなようだ。
彼を見ていると、世の中には彼と同じように、今の生活を楽しんでいる若者がたくさんいるのだろうと思う。
将来を考えて見ても、良い話も無く、今を楽しむという考えをする人が多いのではと思う。