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のじさん

Author:のじさん
200坪の菜園に100種類の野菜を育てる。畑の一画に秘密基地を作ってにわとりや金魚、メダカを育てている。冬には薪ストーブを燃やして暖を取り、コーヒーを飲む。都会に近い所で田舎風の暮らしを求めて、定年後の余暇時間を楽しんでいる。そんなライフスタイルの情報を発信していきます。

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1200坪の土地に住むリッチな仙人

屋久島の山の中に、横穴式のような掘っ立て小屋を建てて、40年以上も住んでいる男がいる。

2006年ごろの掘っ立て小屋



山の中に買った1200坪の土地で、その男は自給自足の生活をしている。
山の中にある畑は、自然農法のようだ。雑草と野菜が一緒に育っている。
収穫量は少ないが、農薬もいらないし、一人分の食糧確保には十分だろう。
米、味噌、醤油、調味料、魚、肉など最低限度の生活品は、月に4000円程度の買い物をしていた。

現在の1200坪の山の中の自然農法畑



子どもの頃、親が事業に失敗し、毎日のように借金取りが家に来ていたという。
地獄のような経験をした彼は、中学を卒業すると陶芸の技術を磨くために、就職した。

そして、節約してお金を貯めて、屋久島の山の中に1200坪の土地を買って、掘っ立て小屋を作った。

「お金の無い暮らしがしたい!お金に頼らない生活がしたい」と考えたという。
 昭和53年、屋久島に1200坪の開拓地跡の土地を購入。 一度、島の娘さんと結婚、子ども一人ができたが離婚。




2012年ごろの画像




一年に一度、初夏のころ窯に火を入れ、一年に2000個の器を作る。その売上げの20万円がその男の全収入である。

掘っ立て小屋を建てた所の粘土質の土は陶芸用に向いていた。


画像は2006年ごろの作品




洗練された湯飲み茶わんである。



最近のお土産作品である。



現在は年金生活のため陶器作りは廃業したようだ。




五右衛門風呂の露天風呂である。





部屋の中は陶器類で煩雑であるが、客人が来るときは片付けるという。

2006年ごろの部屋の中







彼は、年収20万円のため、年金は全額免除の手続きをしていたのだろう。

『仮に20歳から60歳まで全期間40年を通して全額免除をしたとします。そうすると65歳での支給は満額780,000円の半額の390,000円です。月々に換算すると、毎月約32,500円の支給となります。』ということだ。


 
彼が嬉しそうに抱えているのは、猫の餌である。
以前は犬しか飼っていなかったが、最近では猫も飼ったようである。




2006年年ごろ飼っていた犬



最近飼っている猫



月3万円の年金生活になった現在の生活費



年収20万円だった2006年頃の生活費







手作りの料理をお手製の茶碗で食べる贅沢





彼の名前は、菊池亨さん。
今年で67歳になる。
2006年ごろにテレビ放映で彼を知ってから、興味をもった。
それ以来、彼がメディアで取り上げられるたびに、記事を書いてきた。

人間は、どれぐらいのお金があれば、この日本で生きて行けるのか?
そして、日々楽しく生活するのは、どのような哲学をもって生きていくのか?

彼の作る陶器を一目見れば、プロの仕事であることがわかる。
しっかりと基礎を学び、独自の作品となっている。
芸術作品を作っているわけでは無く、自分の土地から取れる土で、生活用品を作ってお金に換えているわけだ。
決して高い物ではないだろう。
その陶器を売ったお金20万円が、彼の年収であった。
時どきメディアに取りあげてもらうのは、臨時収入になるのだろう。

1580円の猫の餌を抱えている彼の満面の笑みから伺えるのは、年金生活の幸せを全身で感じている姿である。

彼にとっては、年収20万円だったのが、年金支給で年収36万に倍増した。
今までに作ってある陶器類も、彼のファンが時々買い来てくれるに違いない。

残り物の残飯を食べてくれる犬では無く、わがままな猫をペットに加えたことで、彼のゆとりと幸せが感じ取れる。

彼にとっては、日本が潰れない限り、少子高齢化も日本の経済の先行きも、
我関せずの心境であろう。

『夏にご飯が腐るのを考えると、冷蔵庫を買った方が得だ』と彼がいった言葉に、彼の贅沢に対する後ろめたさのようなものを感じた。

相田みつをのことばに、
『かねが人生のすべてではないが 有れば便利 無いと不便です 便利のほうがいいなぁ』とある。

人間は、誰しも心の中では、贅沢をしたいという気持ちがあると思う。
しかしながら、彼は長い間欲しいものも我慢して、ぎりぎりの生活をしてきたと思う。ところが65歳になったとたんに、働かなくとも、国がお金を出してくれる年金制度の恩恵にあずかった時に、喜びと感謝の気持ちを持ったと同時に、少しの贅沢でも、ある種の後ろめたさを感じてしまうのかもしれない。













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余計なお世話です。

40歳になる男が、私に話しかけてきた。
『朝礼の時に、Kさんに後ろのほうにいないで前に行けと言われたんですが、何か後にいてはまずいことあるんですか』と。

意味がよくわからなかった。

『Kさんとは誰のこと?』とまずは聞き返した。
『リペア部所のKさんです。』と答えた。

それを聞いて、全てが理解出来た。

Kさんとは68才になるパートの同僚である。
自分の現役時代は、課長職まで出世して、営業でバリバリ働き年収も高かったと自慢する男である。

Kさんにとっては、40歳の男が気になって仕方ないのである。
自分が同じ歳のころは、夜遅くまで働き、有休なんてとったことも無かった。会社は自分が支えているとの自負さえ持っていた。

いわゆる『ウサギ小屋に住む働き蜂』世代である。

高校を卒業して、社会人となり、ひたすら金を稼ぐことを最大の生き甲斐としてきたのだろう。

そのような人生を歩み、68才の今なお、安い賃金でパートタイマーとなって金を稼いでいる。



『あなたは、何のためにお金を稼いでいるのですか?』とKさんに問うてみたい。



話は戻るが、彼が40歳の男に謂わんとしたことは、次のようなことだろう。

『お前は、まだ若いので、後のほうにいて隠れたようにしていないで、もっと前のほうに並んでアピールしなさい。』と。
人生の先輩からの有り難い、お説教である。


40歳の男にとっては、余計なお世話である。
しかも同じパートなのに、
『あんたは、いったい何様なのか?』と。


68才のKさんは、名門県立の進学校に進みながら、家が貧しかったために、大学進学を諦めざるを得なかった。
社会人になってがむしゃらに働いた。
若い頃に、冠婚葬祭の席で、親戚の義叔父からアパート暮らのような男の元にいる嫁は、可哀想だと嗜められたことがあった。その悔しさで、金をいっぱい稼ぐことを生き甲斐にしてきた。
そのような人生を生きてきた中で、出来上がってしまった固定概念から逃れられないでいるようだ。

私には、40歳になる呑気な男よりも、可哀想な男に見えてしかたがない。

人生の生き方、考え方は、人によって違う。
幸せ観も違うし、能力もちがう。

自分の生き方を、年下だからといって上から目線で、強要するとは、言語道断である。
ただのポンコツ爺の世迷言に他ならない。





40歳の男の過去記事

屋久島に住む仙人が贅沢になった。

2013年からファンとして、生活の便りをウォッチングしている人がいる。
屋久島の山の中の一画を購入して、小屋を建てて生活している人である。
今年で66歳ぐらいになっているはずだ。
『タケシのニッポンのミカタ!』の番組で取り上げられた。


≪過去記事≫

自給自足人 年収20万円の暮らし (2)  2015/1/13() 6:57 


番組の途中から見た。


山の中に建てた自作の家  総工費7万円だった。
陶芸家をめざし、修行していた時にお金をためて、山を買い、家を建てた。




横穴式住宅のようだ。
屋根には草が生えている。



山からの清水を引き、水代はかからない。


以前は犬を一匹飼っていたが、現在では猫もいるようである。


掘っ立て小屋の広さは、7畳ほどである。



外側から色つきの一升瓶を埋め込んである。
中から見るとステンドグラス風である。
さすがは、陶芸家。センスがいい。



部屋の中央の囲炉裏が、生活の中心的な場所である。
囲炉裏ですべてのことを行う。




屋久島のさらに人里離れた山の中に、一人ひっそりと暮らす姿は、
まさに現代の仙人である。



土地を買って、家を建てる。
そして、電気を引く。
普通の当り前の住環境である。


しかし、電気を使うのはほとんどない。
いや、今までは無かった。



洗濯をする場合には、囲炉裏で湯を沸かして行う。




熱湯で煮沸消毒するわけである。
ジメジメしたところには、ダニが湧くかもしれない。


食事をする場合には、自分の所有する敷地内の菜園に食材を採りに行く。




若い時に、陶芸をしながら稼いだ金で購入した1200坪もある広大な山の中に、菜園がある、




山芋を収穫したところである、


山の中の菜園は、自然農法である。
何でも作ってある。


朝日が昇るのと同時に起きて、陽が沈むと寝る。
そんな生活に、時計はいらない。




前には、年に20万円の生活費を稼ぐために、焼き物を作っていた。
現在は、引退してしまったようだ。
それでも、遊び心で陶芸はやっているようだ。



オカリナに似たような、小鳥の笛を作った。
1年に1,2回売値100円から200円ぐらいの陶芸作品を作っていた。


画像は丼のようである。
過去記事には画像があるが、200円ぐらいならいくつか欲しいと思ったことがあった。












山の中の露天風呂。
手作りの五右衛門風呂だ。
誰も見に来るものはいない。
時どき、変った生活を番組に取あげてくれるテレビ局ぐらいだ。







何といつの間にか、冷蔵庫を購入していた。
なぜなら今はリッチになっているからだ。



最近の温暖化で、朝に炊いたご飯が夕には腐ってしまったことがあった。
と、なにか贅沢にも冷蔵庫を買ったことが、恥ずかしいような言い訳に聞こえてしまった。


自転車で山から街まで下りていく。
買い物に出かけるためだ。
これは、昔から行っていた。


しかし、自転車が新車になっていた。
なにか、金でも儲けたのか。



卵を必ず買うようだ。


1580円もするのは、猫の餌のようだ。
かなり嬉しそうな顔である。
自分では貧乏生活していても、猫の餌を大奮発している。





猫の餌代が月に2000円も掛けている。
いぬの餌は、自分の食べ残しだろうか。
なんと年金を3万円もらっていた。


シャレたインテリアである。
貧乏人の生活にはふさわしくないものだ。




これまた、LEDに替えて電気代が安くなったと、言い訳していた。
金遣いが荒くなった感じだ。



昔から、米を炊くのはかまどを作ってそれを利用していた。





先ほど菜園から採ってきた山芋するのは、自作のすり鉢である。









まともな普通の食事内容である。






新鮮野菜を使って胡麻酢和えを作っている。
なかなか贅沢なお惣菜だ。



昔一度、結婚をしたことがある。
しばらくして、奥さんは逃げて行ったようだ。
なかなか、この暮らしに慣れる女性は見つからないだろう。






今年も元気な姿を見られた。
66歳になり、年金生活者になっていたようだ。
それまでは、自分の小屋の地面から取った土で、生活用の陶器を焼いて、時どき訪れるお客さんが買ってくれるお金で生活していた。
年収20万円の生活であった。

その中から40年以上も年金をまじめに払い続けたのだろう。
月に3万円だすると、年収は36万円となって倍近い年収になった。
今回のテレビ取材費は臨時収入となったことだろう。



40才になる男の楽しみ

40才になる男がいる。

私が定時で帰えろうとした時、彼は
『明日から有休取りますので、居ませんので宜しく。』と、にこにこしながら挨拶してきた。

今日から始まる女子オープンゴルフの4日間のチケットを取ったようだった。まとめて買えば1万円となる。
野田市にあるゴルフ場で開催されている。


そう言えば、彼は去年も見に行っていた。

この男、月に2回、平日に有休を取ってゴルフに行っている。仲間は同じ会社のパートである。彼以外はとっくに年金を貰っている年寄り達だ。

普通なら、40才にもなってパートじゃ先が思いやられるとの評価をされてしまうところだろう。 

自宅から会社までは3kmしかない。 
5年前に父親が他界して、母と弟の3人で暮らしている。 
弟は普通のサラリーマンである。 
妹もいるが、すでに結婚して娘がひとりいる。
 
彼は、少し出来の悪い長男というところだろう。
将来の事や結婚の事などは考えている様子はない。
彼のもっぱらの楽しみは、ゴルフと高校野球の観戦である。
高校野球観戦は、ただひたすら県の地区予選を観戦するのである。 
そしてもう一つの趣味は、時々電車に乗って一人旅をする。

無人駅などに降りて、テレビのぶらり旅の主人公気分にひたるようだ。 

さらに、競馬が大好きである
一人で競馬場に行く。 
賭け事が好きなようであるが、かける金額はたいしたこと無い。

そして、今回女子オープンゴルフの観戦が加わったのである。


彼を見ていると、人生の悩みなんか無いように感じる。

彼の時給は、1000円位だから月収は16万円位だ。年収にすると200万円ぐらいだろう。
彼は、社員になるつもりは全く無い。

もっとも、社員になったら1か月も持たないと思う。
この会社の若い社員は、毎年のように辞めてしまう。
残業が平均で50時間以上である。
もちろん社員は、有給休暇の消化はできていない。
若い社員のほとんどは、作業員でブラックに近い職場だ。

パートタイマーだから、忙しい日であっても有給休暇を取って、悠々とゴルフを楽しめるのである。
それに、彼の場合は、仕事もまじめだから残業を社員の半分ぐらいはやらせてもらっている。
月に30時間は優にやっているだろう。3万円以上は残業で稼いでいる。

彼の家は、兼業農家である。
父親が他界してからは田んぼは親戚に任せてあるという。
畑もあるし、ハウスにはブドウが植えてある。
母親が畑をやっている。
母親は68歳ぐらいで、まだまだ元気である。
父親は市役所の職員であったので、母親は遺族年金をいただいている。
経済的には、彼の収入をあてにしなくとも済む。


彼が65歳までパートを続けたとして、年金額は12,3万円はいただけそうである。
この会社は、社員の給与は安いが最低限度の福利厚生はちゃんとしている。

親の立場で考えれば、3人の子供の一人ぐらい外してしまっても、どうってことないのだろう 。
ましてや、長男が母親のそばにいる。
何でも母親の言うことを聞く。

実際に父親が他界してからは、地区の行事には彼が参加している。

いつだったか地区の祭りでタダ酒を一杯飲んで、家に帰る途中、頭から田んぼに突っ伏してしまったようだ。
幸い地区の先輩と一緒だったので、大事には至らなかったが、人付き合いが良く、タダ酒が大好きなようだ。


彼を見ていると、世の中には彼と同じように、今の生活を楽しんでいる若者がたくさんいるのだろうと思う。

将来を考えて見ても、良い話も無く、今を楽しむという考えをする人が多いのではと思う。









山の中に小屋を作って暮らす若者

『所さん!大変ですよ』NHK総合テレビを見た。
20代の男性が、脱サラして山の中の80坪ぐらいの土地を、20万円で買って小屋を自分で作って暮らしていた。正社員だったようだ。
現在は派遣社員として働きながら、節約して貯金もしているという。
同じような考えを持つサークルに参加した時に、意気投合した女性と、新しい二人の小屋を作ることを条件に婚約した。

その女性の可愛らしさは、誰でもうらやましくなるほどだった。



新井さんは武甲山のふもとで新しい小屋を作っているという。



新井亮介さんと青木翔子さんは春に結婚予定で2人で生活するために新しい家を作っていた。
材料費は100万円。



2人は山でイワナの養殖も始めていた。
元々のオーナーが高齢になり2人に継いでほしいと頼んだという。
イワナのくん製を秩父名物として売り出す予定だという。新井さんは小屋に住み始めてから幸せの舞い込むスピードが速すぎて体がおいつかないと話した。






 
食品メーカーに勤務していた男性。
自分で小屋を建てて暮らせば家賃も住宅ローンもかからないと"小屋族"に!
 


いま自分で建てた小屋に住む"小屋族"が増加中。
この男性はバブルではじけた80坪の別荘予定地を20万円で購入。
2週間かけて、ひとりで建てた小屋は、5畳の部屋に寝室用のロフト付き。
ガス・水道・電気は通っていないので、電気はソーラーパネルで自家発電。
冷蔵庫は、敷地内を流れる川。
 


1か月の生活費は約4万円。
契約社員としての月収は22万円で、年間200万円貯金できた。
 
しかも小屋暮らしを始めたとたん・・・
アウトドア好きの女性とバッタリ出会い、人生初の彼女ができ
交際3か月で婚約も!
婚約者の青木翔子さん


まさに"小屋マジック"


結婚したら住む家を、二人だけで作っている。
家を作るのが結婚の条件となっているようだ。




小屋を作って住んだら、幸せになったと新井亮介さん





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